見出し画像

大人だったり子供だったり

親と仕事の話ができる。これが新鮮で仕方がない。

父とわたしは似たような分野の仕事をしていることから、わたしが社会人になってから定期的に情報交換はしていた。ただ、今週からわたしが実家に住み始めたこともあって、ダイレクトに議論したり意見交換ができるようになった。家に帰ってまで仕事の話?なんて思うこともなく、なんだかたのしく議論ができる。

「Aに対してはわたしはこう思う」「うちではこうしている」仕事に関わることでのやりとりが家で行われるって、しかも親と仕事の話をするって、なんだかわたしも大人になったんだなぁって。それに、親から見てもわたしはもう子供ではなくて、大人として見られているんだなぁ、なんて。

わたしは父親のことをすごく尊敬している。もし自分の上司だったら、厳しいけどすごく成長させてもらえる良い上司になっているんだろうなって思うし、父の部下になれる人がうらやましいとすら思う。だから、父親と仕事の話ができるのが嬉しい。意見を交換し合えるのが嬉しい。大好きかよ。いや、大好きだわ、お父ちゃん。


そうやって、わたしのことを一人の大人として扱ってくれている反面、やっぱりわたしは子供だなと思うこともある。

家族ラインに「今から帰るー!22時1分に最寄り駅につく予定!」っていつものように報告したら、今日は最寄り駅に父が迎えに来てくれていた。まさか27歳にもなって親が迎えに来てくれるなんて思ってなくて、改札を出てびっくりしてしまった。子供として見られているというより、愛されてるなぁというか、やっぱりわたしは何歳になっても父の子供なんだなぁというか。

学生時代、塾で帰りが遅くなる日とかは、いつも必ず駅まで迎えに来てくれていた父。今日の帰り道はあの頃のことを思い出して、少し懐かしい気持ちになった。

「たまにはええかなと思って。懐かしいやろ!」って言う父の隣を歩きながら、「たまにはええかな」って思ったりもした。いつもありがとう。

こうやって周りのサポートがあるから、これからもがんばろうって思える。きっと一人だったら、急激な環境の変化に、もうすでにくじけてしまっていたかもしれない。周りに感謝の気持ちでいっぱいだなぁ。

毎朝お弁当を作ってくれて、お洗濯をしてくれる母親には本当に頭があがらないというか、なんでもやってもらいすぎて申し訳なさまで覚えてしまう。ちょっとくらい自分のことは自分でやりたいのに、毎日の仕事でへろへろになりすぎてしまって、何もできていない自分がもどかしい。

実家はすごい。親はすごい。父も母も、もう大尊敬だ。すごいなぁ。

わたしも将来、こんな親になれるのだろうか。がんばらなきゃなぁ。


そんなわけで、今日もおつかれさまでした。



#日記 #エッセイ #ひとりごと #あやめしのひとりごと #まいにち日記部 #毎日更新倶楽部 #旅しゃぶ更新部 #毎日更新 #毎日note #1000日更新 #1000日修行 #1000日チャレンジ #605日目


サポートいただいた分は、なんだかちょっとときめくものとか、心がうきうきするもののために使わせて頂きます。それをまた、noteに書いてみなさんにお裾分けできればいいなって思ってます。読んでくださってありがとうございます。