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20才。理想と現実の乖離に狼狽える日々

大人になったら勝手に背が伸びて、高いところに手が届くようになると思っていた。遠くまでを見渡せるようになった視界の先は美しいと思っていた。

子どもの頃のそんな淡い期待を抱えて20才になった私は、大人料金を払うこの年齢になっても、高いところにはなかなか手は届かないし、いくら背伸びしようとも見えない景色のほうがこの世界には多くて、自分が見ている景色は、世界の一角に過ぎないということを知った。そして、見える景色が増えることが必ずしも喜ばしいことではないということにも気づき始めてしまった。


知りたくなかったこと」がこの世には多すぎる。
例えば、大学の卒業式で前側の席に座れる人たちは、だいたい膨大な金を大学に払ってきた親の子どもか、親族代々OBOG一家の子どもだということ。
小学生の頃、事あるごとに金賞を取っていた図画工作が特別得意ではないあの子の親は常連PTAさんであったということ。
恋人もそうだ。
知れば知るほど好きになるなんてのは幻想で、知れば知るだけ自分の理想と現実との乖離に辟易とするのが常。そんなに知らなければ、知っているのが彼の氷山の一角であれば、そりゃ好きでいられるものだ。しかし、本当の愛なるものは、氷山の一角同士では育めない。私の氷山の一角外だって、基本的にどーしよーもないもんであるのだから、相手のそこに自分のそれ以上のものを求めてはならない。そしてそれが難しい。恋愛がこんなに難しいことも、この歳になるまで知らなかった。


歳を重ねるごとに、できることは増えていく。

全員均一に用意されていた制服を脱ぎ捨てて、毎日好きな服で過ごせるようになったように、縛りが外れて自由が生まれる。その一方で、私たちは自由を得たが故に見えるようになった自分の世界の窮屈さに衝突する。

「自分で好きな服を選んで着なさい」というのは本質的にこわいことではないか。だいたい社会には流行りというものが蔓延り、もし好きなものがその流れに沿っていなければ、それは「」という漢字一文字で突き放される。その突き飛ばす手をなんとも思わず、自分を持ち続けるつよさがあればいいが、そんなの誰もが簡単に持てるものではない。さらに、皆が着るものを選んで着れば、「量産型」だと揶揄される。
自由にできるからこそ周りを見てあれこれ知ることができるからこそ、そして他人の反応を想像することができるからこそ、私たちはひとつひとつの選択・判断に苦しさを覚えざるを得ない。

そしてその決断すべきことの大きさや重さによって、その苦しみは増す。

仕事に熱を入れる生き方を選べば
「結婚は?家族は?それで本当に幸せなの?」と誰かが矢を飛ばしてくる。
早くから家庭に入れば
「自分の夢はよかったの?あきらめるの?」と誰かが槍を投げてくる。

どんな決断も結局は妥協を含まざるを得ないもので、それに対し他人は、「もしその道に進まなければ論」を悠々と説こうとするのだ。

何かを頑張り、何かを得ようとすると、必ず何かを失うことになる。
遠くに手を伸ばせば近くに触れることが困難になり、
遠くを見つめることは近くから目を逸らすことにもなりうる。

すべてを網羅する生き方は簡単なものではなく、誰でもできることではないと知る。とは言ってもたまに、何もかもが上手くいっていそうな人を見かける。その人にはその人なりの苦労と困難があるものだろうが、傍から見ると自分よりは恵まれた世界に生まれ育ち、近くを求めつつ遠くを目指すことに成功しているように見えてしまうこともあるのだ。だから私たちは他人が羨ましくなる。それは、他人の人生は自分にとって、その道に進まなければ論の仮定として存在しているからだろう。


もうすぐ、就活がはじまる。
自分にとって何が大事か、とにかく深く探りなさいと人生の先輩方は言う。

私にとって大事なこと・・・

子どもの頃から絶えず憧れたように 遠くを眺めながら大きな夢を語りたい。
でも一番大切にしたいのは、こたつのような小さな空間でしか味わえないぬくもりである場合、私は何を目指すべきなのだろうか。

答えはまだまだ見つからなそうだ。
だって人生はこういう矛盾と葛藤の繰り返しなのだから。
そこになんとか折り合いをつけていくことで、自分の望む生き方を模索することが可能となるのではないか。


20才は、私としてはまだ子どもだ。

せめても20歳と名乗れるくらいには、大人になりたい。

世界への狼狽はおさまらないが、自分に課した理想には簡単に狼狽えることのないよう、逞しく果敢に生きていきたいなとも思うものだ。


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はたちの社会学

20才の期間、のこり5ヵ月弱。
とあるはたちの悩みや悦び、ときには小言をつらつらと残していきます^^

同世代の方も、人生の先輩方も
それぞれの目線でゆるゆると読んでくださるとうれしいです~

葵 あやか

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