プロ殺人顔の魚屋と三枚おろし
いつものマルシェの魚屋にて、サバを買う。
フランスでは魚は高級品なので、魚屋に並ぶ客は必然的に魚を好んで食べる人か、お金に余裕があってかつ魚を料理できるおばあちゃんマダムとなる。
そんなお客さんに並んで毎度、魚の中でも一番安いサバばっかり買う30代アジア人の女は私くらいなもの。
だからきっと、この魚屋の50代前半らしきムッシュは、
「あ、いつものサバ女が来た。安い客め」
と胸の中で思いながらも、
「マダム、どう準備しますか?」
と、私に聞いてくれているのだと思う。
私は私で毎度なんだか安い魚ばっかり買うことに後ろめたさを感じつつ、せめてもと一番大きなサバを選んでは「フィレ(三枚おろし)でシルブプレ」と注文する。
近所のマルシェには他に2つの魚屋があるのだけれど、サバを買うときはいつもここ。安いのに一番さばき具合が上手いから。
ムッシュの顔は、映画『グランド・ブダペスト・ホテル』に出てくるプロの殺し屋にそっくりなので、我が家の中では「殺し屋の魚屋」と呼んでいる。
この殺し屋ムッシュが特殊な包丁を握る腕は、細マッチョ。
いつもならそんな殺し屋の魚さばきを見届けながら財布から現金を準備するのだけれど、今回はなぜか携帯に目をとられてしまっていた。
気のせいかいつもより早くさばけたらしいサバと、パネと呼ばれる白魚の練り物を揚げたやつ(一個1,9ユーロ:約200円)を受け取り家に戻って冷蔵庫に入れようとすると……
サバに頭がついたまま!
ということに気がつく。
やられた。
殺し屋は頭を切り落とすどころか三枚おろしにもしてくれず、内蔵をとっただけで私にブツをピニール袋に入れてくれたということに今ごろ気がついてしまった。
また殺し屋のところに戻って頼むのもめんどくさいが、魚を三枚おろしなんてしたことこれまで1度くらいしかないのに、自分でさばくなんてめんどくさい。それを悶々と考えるのもめんどくさくなってサバはそのまま冷蔵庫に3日放置。
ようやく気合いを入れてインターネットでサバの三枚おろしの方法を2,3度見返していざ入刀。
ネットというよりも、いつも殺し屋がさばく手順をなんとなく再現したら案外あっさりできた。
しかし、魚って生臭いよなぁやっぱり。
次回からは、携帯なんて見ていないでちゃんと殺し屋の仕事を見届けなければと心に誓ったのだった。
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