繋がって通った先の、愛おしいカオス
ゆらゆらと電車に揺られて向かったのは、恋人と初めてデートらしいお出かけをした、4年前の思い出の地。
乗る電車も、乗り始めの駅も、前とは違うけれど、その場のシンボルが顔を覗かせると、やっぱり懐かしい気持ちになる。
そんな思い出の地に、今日はもうひとつの思い出が重なった。
ひょんなきっかけから繋がり、noteというこのプラットフォームで共鳴し合った友人と、ようやく会えた。
予定していた施設が臨時休業という愛すべきハプニングののち、決まった行き先は、恋人と初めてデートをした水族館だった。
なんたる奇跡。
2回目の水族館、自分に湧き上がる感情に見事に予想を裏切られた。
早速目に留まった魚たち、、、よりもその魚たちを説明するような、五七五の心地よいリズムに乗せられたコピーに私は釘付けになる。ふと横を見ると、友人も同じように目をまんまるにしながらそのコピーに魅入っている。その表情に、言葉を交わさなくても通じ合えるものがあることが分かり、頬が緩んだ。
ひとつひとつの水槽を、まるでその小さき世界に自分たちの想像を投影するように、私たちは生きものたちとそのコピーと、じっくりゆっくり対話をする。
そして思わず、小さな魚の愛らしい表情を見た途端、生きものを目の前にすると、少しアテレコをしたり、何かに例えたりする私の変な癖が出た。少し緊張気味に横を向くと、友人は軽やかに笑っていて、緩んでいた頬が溶けそうなくらい嬉しかった。
私のこの変な癖を面白がってくれるのは、彼女で5人目。
違うことを考えていたり感じていても、深いところで共鳴し合う何かが私たちの中に存在してくれていることを再確認した。
そうして歩みを進めていた先、ある1種類の魚が目に留まる。名前は忘れたけれど、オレンジ色のスタイリッシュで美形な魚。
そんな美魚は、少し泳いで止まる、そしてまた進む、そんな泳ぎを繰り返していた。
「一歩進んだら、一度止まって味わって、そうしてまた次の一歩を踏み出そう」
ふとこの魚にこんな言葉をかけられているような気がした。脳内ではバロン(『猫の恩返し』に出てくる猫のキャラクター)ボイスで見事に再生される。
4年前とは違って、ひとつひとつの生きものたちの動きを観察し、想像を巡らせ、人生観まで浮かぶようになっている。そのうえ、綴られた言葉ひとつひとつにセンサーが反応するように釘付けになった。
そんな水族館の最後、用意されていたのは映像。
キーワードは「つながる」
映像に映し出されるひとつひとつの言葉に、今日友人とここに呼ばれた意味を教えてもらったような気がした。友人と感じたことを各々言葉にして通わせるその瞬間は、かけがえのない尊さを孕んでいて、友人との繋がりをより一層感じ、そこだけ浮かび上がるように目につく言葉たちに、表現のできない感動を味わった。
視点も抱く感情も、響くものもまるで違った。
4年前の純情乙女山口県産20歳は、じっくり見ることなく、「わー魚!」「わー!ペンギン!かわいい」という程度だったのに。
そんな友人との時間はあっという間に過ぎた。
最後にお茶をしながら、ひとつひとつ紡ぐ友人の言葉には、新しい土地での混乱と葛藤、そして深く心の底にある覚悟や決意が存在していた。
そんな友人の中のカオスが、私にとってはとても愛おしく感じた。
これからも繋がっていくと確信するこのご縁。
友人と2人の「いつもの」と呼ぶことの出来る瞬間をこれからたくさん通わせていきたい。
ZINEの制作費や、表現を続けるためのお金として使わせて頂きます🌱