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私を形成する両親の言葉

小学生の頃は、学級委員や応援団など同年代の生徒たちの方を向いて、みんなの前に立つことが多かったです。

友達よりひとまわりも小さい体で、「私はここにいるぞ!」と全ての活動を通して、全身で叫んでいるような子供でした。

ただ、目立つことに立候補していた割に、人の前に立つことは苦手でもありました。

ものすごく緊張強いだったのです。

なのになんで、そんな目立つようなことをしていたのでしょうか。

私が振り返ると、「やりたかったことが目立つものだった」のではないかと思います。

私の両親は、いつも私のこと「あやはすごいね〜」と褒めて伸ばしてくれました。

「あやがやりたいことなら、なんでも好きなことをしていいよ」と言ってくれるような人たちでした。

その言葉を受けながら、すくすく育った私は、「自分のやりたい」という気持ちを素直に表現し、実行することができるようになっていたのです。

一方で、「一度決めたらできるところまで頑張れ」とも言われていました。

何度も辞めると言って泣きながら通ったスイミングスクール。アイスや検定の合格などに釣られながらも、なんとか通い、ひと通り泳げるくらいまで続けることができました。

楽しそうという気持ちだけで入った学級委員は、前に立つことが多くて、恥ずかしい、自分には向いていないかもと思うこともありました。

でも、「立候補したからには、頑張る」と決めて、発表前は何日も前から親の前で練習をしていました。

実際、失敗してしまうこともあったし、恥ずかしい気持ちで終わったこともあります。でも、そんなときでも「あやは頑張ったよ」と、相変わらず親バカに褒めてくれる両親がいたから、「また頑張ろう」と思えたのでした。

前に立ってまとめるよりも、リーダーをサポートする方が好きだと思うようになってからは、自分から目立つ立場に進むことが減りましたが、「自分がやりたいと思ったことはやる。やりたいと思って始めたこと、引き受けたことはできるだけ頑張る」、これはずっと持ち続けている言葉です。

この私の性格や信念を作ってくれたのが、私たち子供のことをすごく愛してくれている両親で。

だからこそ、伸び伸びと自分のしたいことを自由にできている私がいると思うと、当たり前のようですが、それは当たり前ではないこと、それにとても感謝したいなと思います。

毎年、母の日には手紙を書いているのですが、今年は父の日にも手紙を書こうかな。

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