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酒サムライ・千葉麻里絵さん@「ENYAA」パリ フランスの週刊フードニュース 2023.11.25

今週のトピックス

11月20日、パリの和食レストラン「ENYAA」で、千葉麻里絵さんとのコラボレーションによる日本酒と料理のペアリングディナーがあると、情報通の友人に誘われて参加しました。千葉麻里絵さんといえば、日本酒界で知らぬ人はいません。2019年には「酒サムライ」の称号も受けています。広尾の日本酒バー「GEM by moto」の立ち上げから関わって、プロデューサーとして12年務めていた方。その噂は遠いパリからも聞いていて、日本通のフランス人の知り合いたちが、この店での経験を逐一報告してくれたのを思い出しました。誘ってくれた友人も、日本酒と料理のペアリングで素晴らしい体験をしたということ。逃してしまうわけには参りません。千葉さんにとって初めての渡仏だとのこと。

千葉さんはもともとエンジニア畑でこの業界に転向したそうです。化学の見地からも日本酒を眺めていることに、おそらく喜びを得ているのではないかと推測します。ちなみに「ENYAA」は西麻布にある「Goblin Nishiazabu」の姉妹店。パリ店は和食に日本酒とシャンパーニュを楽しませる独特なコンセプトで運営しています。プロデューサーは杉山明日香さん。彼女はワインと日本酒の伝道師としても活動されていますが、物理学博士でもありますから、この2人が一致団結しないわけなないでしょう。麻里絵さんが昨年に独立してオープンしたばかりの自身の店「EUREKA!」の立地も西麻布に。EUREKA!という店名は示唆的です。かのアルキメデスが入浴中に、湯船から流れ出た水量から浮力を発見したが、その原理を見出したとき、EUREKA!と2度叫んだという逸話はよく知られていますが、EUREKAは古代ギリシャ語で、何かを発見したときに発する感嘆詞です。ガストロノミーに潜むサイエンスの力に喜びを見出すかもしれない千葉さんご自身の源泉を、この命名から感じることができるような気がします。

ところで当日ディナーにおける、突き出しからデザートまで計7皿とのペアリングは、大胆かつ型破りの提案ばかりで、想像を超える楽しさでした。料理を担当されたのは「ENYAA」の料理長の遠藤大輔さん。千葉さんとの入念な打ち合わせは当日まで及んだそうで、2人のコミュニケーションは抜群でした。

ペアリングをすべて紹介しきれませんが、ひとつひとつが発見でした。千葉さんが「日本酒は口に含み、その液体が残っているところで料理をいただく。味わいを口の中で完成させるものです」というようなことをおっしゃっていました。ワインでもそういうことは起きるとは、私は思いますが(例えばスペインワインにセシーナのハムなど)、日本酒のより補完的な性質はワインにはないものだと確かに思います。

突き出しの「蟹のかき玉餡掛け」に「楽 スパークリング」を合わせましたが、スパークリングだとワイングラスでサービスしがちなところ、中が見えない酒器で提供。透明なグラスだと心理的に泡が立ち上るのに思考が運ばれてしまうのを、中の見えない酒器にすることで、思考、味わいの重心を下に持っていくということ。

「柿 帆立 栗の白和え 土佐酢ジュレと煎り焙じ茶葉」には「加賀鳶 純米大吟醸 吉祥」。この「加賀鳶」に氷を浮かべてサービス。旨味のしっかりとしたこの日本酒に氷で冷涼なインパクトを与えることで、まさに柿のような新鮮な繊細さが立ち上り、この前菜を引き立てました。

さらに、店のスペシャリテでもある鯖寿司に合わせた「無窮天穏 天頂 生酛純米大吟醸」。なんとこれを出汁とで割った酒を提供いただきましたが、鯖寿司を滑って染みていくような味わいに、思わず唸ってしまいました。

また千葉さんと仙禽さんのコラボレーションで生まれた「MARIE SENKIN Special Edition 2019」はシェリーとバーボンの2種のオーク樽で寝かせた日本酒のブレンドだそう。仔鳩の炭火焼とのマリアージュも忘れられません。

7つのマリアージュに皆どれに心を奪われたかという挙手が行われましたが、カウンターを囲んだ13名が心を通わせるようなひとときに。参加したお客とのコミュニケーションものっけから抜群で、唯一無二のディナー会となりました。コラボレーションによる食事提供が一方的ではない。

最近バイオリニスト「HIMARI」の演奏が好きで、よく聞いています。2011年生まれ12歳。40以上ものコンクールに出場しいずれも1位。前澤友作氏はその才能に惚れ、名器ストラディバリウスを貸出しています。その彼女が、12歳にして、「コンクールは実は好きではない。なぜならコンクールは自分のため。人のために弾くコンサートが好き」と語っていたのが、心に刺さりました。

千葉さんと遠藤さんの共演は、食する私たちが思う存分楽しめる舞台でした。


今週のトピックスは、今週のひとことの後に掲載しています。食の現場から政治まで、フランスの食に関わる人々の動向から、近未来を眺めることができると、常に感じています。食を通した次の時代を考える方々へ、フランスの食事情に触れることのできるトピックスを選んで掲載しています。どうぞご参考にされてください。【A】厨房のリサイクルマーケットプレイスを提供するユニコーン企業。【B】アフリカの血をひく注目の一つ星シェフ、モリー・サッコの新スポット登場。【C】鶏肉ミンチがフランスで初登場。【D】ボルドー発食品廃棄物をコンポスト化するスタートアップ企業。

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