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新潮2023年07月号

■ 感想


「時には父母のない子のように」山田詠美。家族を喪うという哀しみと本音。近しい故の苦しみも愛おしさも丸ごと抱くような温もりに包まれた。

日中戦争時に書かれた幻の掌編、石川淳「深夜の戀人」。貧乏な青年が恋焦がれた人は良家のお嬢さま。それでも諦めがつかず、クリスマスの前の夜、描き上げた彼女の肖像画を手に大胆にもサンタクロースよろしく煙突から侵入し…。見目麗しい青年の美しき不道徳。ディズニープリンセスのような展開を描きながらも、「もし悲しい話が御所望なら…」と、憎いオチがある所も心愉しい。品の良い文体がとても心地よく、他の作品も是非読んでいきたい。

朝比奈秋「植物少女」。長い眠りの時間を過ごしているのは少女ではなく、母。読みたいと思っていた作品ながら高校生の時親友が眠りの時間を経て亡くなった経験もあるので読めるだろうか…と不安が大きく手を伸ばせずにいた。

一部掲載なら少し読んでみようと読み始めると、出産と同時に眠りについたらしい母。しかし体はしっかり母として機能し、乳は娘のために作られ、娘はそれに吸い寄せられる。想像していなかったシーンに動揺した。

私は出産と同時に息子を亡くしているので乳をあげることができなかった。それを止めるための強い薬で体はすんなり出すことをやめた。とても辛い経験だったが、乳を娘にあげられても抱きしめることもできないこの母は、眠りの中でどんな想いを日々宿しているのかと思うと涙は止まらず嗚咽してしまった。

冒頭数ページで圧倒される作品で、心がどんなに悲鳴をあげても読み切りたいとすぐに単行本を購入した。人は生まれてしまえば生と死の軛から逃れることができず沢山の別れを経験していく。それでも続いていくこの人生を愛おしむためにも、この小説としっかり向き合いたいと思った。冒頭だけでもすごいところに運ばれていく予感しかしない素晴らしい作品で、こうしてきっかけをもらい出会えたことが嬉しい。

そして楽しみにしていた、平野啓一郎+片山杜秀<三島と天皇「三島由紀夫論」を読む>。三島は天皇主義者でありながらサムライスピリットを強調しているが、これは矛盾しないのかなど一番知りたかったことへの言及もあり面白かった。三島作品に惹かれながらまだどれ程も読めていないので、「三島由紀夫論」を読む日を楽しみにしてどんどん読んでいきたい。

一番楽しみにしていたのは、石沢麻依「眠りの鳥類学」。最高すぎて三度読み。白夜に誘われ眠りの訪れない夜の不眠と眠りの世界の現しが美しく、眠れない夜はこの鳥類学から得た飛翔感覚をうまくイメージして、緩やかに夜を渡りたい。石沢さんの文体はゆらゆらと清らかで、優しい幻惑に惹き込まれるよう。エッセイも早く1冊にまとめて刊行してほしい。

■ 寄り道読書


<<<漂流読書>>>

■月の三相/石沢麻依(講談社)
■三島由紀夫論/平野啓一郎(新潮社)
■植物少女/朝比奈秋(朝日新聞出版)

楽しみすぎて積んだままの「月の三相」。「三島由紀夫論」も早く読みたいけれどまずは未読の三島作品を読もう。そして「植物少女」どんなに辛くても読み切りたい。

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