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14.暮らしのスパイス ~習い事~

習い事を始める理由は何だろう?
興味がある世界について知りたいから。得意なスキルを伸ばしたいから。強い心を持ちたいから。健康に良いから。苦手なものを克服したいから。学校や職場と違う居場所を持ちたいから。
そんなところだろうか。

では、続いている習い事はなぜ続いているのだろう?
好きだから。楽しいから。刺激を受けるから。上手いから。健康に良いから。辞めるタイミングがあえて見つからない。そこまで嫌ではないから。時間とお金に余裕があるから。自分の生活リズムに合っているから。
このように、気持ちと同じぐらい環境も関わってくる。また、どのぐらい生活の一部とするかでも、自分の中での重要度合いが変わる。

私は、子供の頃から習い事を長く続けた方だったので、「それを活かさないともったいないのではないか」という呪縛に長い間縛られていた。親から投資してもらって、申し訳ない気持ちもあった。

でも、私にとって習い事は、バランスを取る居場所、そして繰り返す日常の中のスパイスになっていたことに気づいて、ようやく消化できた。嫌なことがあっても、習い事をすると気持ちが切り替えられる。勉強も、習い事の時間があるから両立できていた。

親になって思うことは、それで良いということ。習い事は、生きる姿勢や友達との関わり方を学ぶ場所でもあるからだ。それは、媒体が何かということだけで、どの習い事も変わらないと思う。学校の部活で満たされることができれば、もちろんそれで良いと思う。

子供の習い事に関しては、あまり熱心だと教育ママ的なイメージもあるが、それはどれぐらい強制感があるか次第だと思う。
「子供にこれをやらせたい」という親の希望で始めても、続けたいと思うかどうかは、やってみた本人が自分で価値を感じるもので、それがその内容自体なのか、その環境なのかは人それぞれ。
自分の子供がやりたいと思うものには良い指導者と良い環境を、続けたいと思うものはできる限り続けさせてあげたいと思うのだ。そこから何かを生み出さなくても、それは絶対に無駄にはならないはず。
そして、それを見極めるためには、『12.子供のトリセツ ~観察力~』でも記載した”子供をよく観察すること”が必要だ。

子育専業主婦になってから、母親以外の居場所は家で作れるようになり、習い事を外に求めなくなった。おそらく、コミニュケーションは子供のおかげで十分に取れているからだろう。健康や刺激というところで、NHKのテレビ体操をしたり、ポッドキャストで『英語子育て大百科』を聴いたり、今のところなんとかお金をかけずに、日常の中にスパイスを加えられている。

繰り返す日々の暮らしのリズムはとても心地よいものだが、スパイスを加えることで暮らしはキラッと輝く。

その輝きを見逃さないためにも、日々の暮らしは大切にしたいと思うのだ。

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