#34. <酔剣のザギス> 対 親衛隊長デュラモ
何者でもない者たちの物語:烈火の魔女と本読むゴブリン
#34. <酔剣のザギス> 対 親衛隊長デュラモ
デュラモとザギスの戦いは熾烈を極めた。
その剣戟は、激しい金属音を謁見の間じゅうに響かせた。二人の息づかい、気合いを入れるための短い声、そして痛みに耐えるうめきが、金属音に交じり、奇妙な音楽を奏でているかのようだった。
はじめはデュラモが押していたが、酔いが回り、足元がふらふらになるにつれ、ザギスの剣技がさえわたるようになっていった。その力の逆転が明らかになったのは、二人が剣を組み合ったのちに、ザギスがデュラモを突き飛ばしたときだった。
ザギスは剣先を地面に向け、余裕の姿勢で地面に倒れたデュラモを見下ろした。
「ふい~、いい気分だぜ」
デュラモはすぐに飛び起き、再び戦いの姿勢をとったが、もはや敗勢は明らかだった。
戦いを見守るチーグも、奇妙な感覚を覚えていた。どうみてもザギスは酔っ払い、足元もおぼつかず、半分眠りそうですらある。けれども、動きは次第にしなやかになり、鋭くなり、剣先は予測できない軌道を描く。デュラモの方が力強く確かな剣技なのに、押されているのだ・・・
「デュラモ・・・いったん、引け。様子がおかしい」
チーグはそうささやいたが、デュラモは頭を左右に振った。
「いいえ、俺がこいつを倒すより、道はありません、殿下」
息を切らせながらそういうと、デュラモは再びホブゴブリンに襲い掛かった。
「ほれ」
ザギスは軽妙な動作でデュラモの動きをかわす。
「ほれ」
そして、態勢を立て直すことなく、デュラモの剣を叩き落す。凄まじい力を感じ、デュラモの手は強くしびれた。
「ほれ」
動作の連続で、ザギスはデュラモの胸の中心をひと突きしようと剣を突き出す。この攻撃は、ぎりぎりのところでかわしたが、おかげで態勢を崩してしまった。
ザギスは恍惚とした上機嫌な表情のなかに残忍さをぎらつかせながら、凄まじい勢いで剣を横に振った。
「ほれ~」
デュラモの首は、その一撃で跳ね飛ばされてしまった。
ゴブリン最強の剣士のものだった身体は、そのまま地面に倒れた。
「デュラモ!」
チーグは声を張り上げたが、その声を忠実なる部下が聞くことはもはやなかった。
「どうだこれが」
ホブゴブリンの言葉は、吃逆によって一瞬遮られた。気を取り直して続ける。
「・・・<酔剣のザギス>。酔った俺は最強。この技で成り上がったのだ・・・のだ」
吃逆まじりのろれつの回らない言葉だったが、相変わらずザギスは上機嫌だった。
「おっと・・・」
感覚も鋭くなるのか、ザギスはある音に気づいたようだった。
「助かったな、チーグ・・・少なくともしばらくの間は。ゴブリンどもがここへ来るようだ」
そう言うと、ザギスは剣を振って血を払い、それを剣鞘《けんさや》へと戻した。そして、部下たちに顎で示した
「俺たちも地上へ行くぜ、くそ野郎ども!フバルスカヤに・・・合流する」
ザギスは来た道を引き返そうときびすを返しかけたが、肩越しに振り返りチーグに勝ち誇った笑みを投げかけた。
「・・・俺たちの”切り札”は、偉大な魔法使いだ。おまえたちは、もう終わりだ」
その言葉を残して、ザギスは謁見の間から引き揚げていった。ダンもそれに従ったが、最後に名残惜しそうな視線を謁見の間に向けていた。
「デュラモ・・・」
チーグは膝をついた。
デュラモは屈強のゴブリンだった。その強さには、全幅の信頼を置いていた。それがまさか、殺されることになろうとは。
チーグが作る王国においても、重要な役割を果たすはずだった・・・ザギスはチーグを殺さなかったが、まさに右腕を奪っていったのだ。
うなだれるチーグの耳に、何人もの者が謁見の間に入ってくる足音が聞こえた。
頭をあげると、有力氏族の長老が数名、歩み寄ってくるところだった。うつろな視界のなかで、どうやら敵対的な行動をすることはなさそうだという事実は認識していた。
「チーグ殿下!」
かつては友好的とは言い難かったロモ氏族の長老が口を開いた。
「帰国を歓迎いたします。そして、バレ殿下も・・・いま、王国は存亡のとき。みなが力を合わせなければ」
チーグはまだぼんやりしていたが、頭のどこかで誰かの声がするような気がしていた。
『しっかりしなさい、<本読むゴブリン>。ここで失敗すれば、あなたは”何者でもない”ままよ』
それは、ラザラ・ポーリンの声のような気がしていた。この旅を通して、チーグは彼女に敬意を払うようになり、無意識のうちに彼女ならどうするだろう、と考えるようになっていたのだと、思い知った。
そう、ここで終わるわけにいかない・・・負けてなるものか。
ポーリンなら、自身をそう叱咤するだろう。
チーグの緑色の瞳に生気が戻った。まだ終われない、たとえ右腕を失ったとしても。
「・・・長老たち、帰国の歓迎に感謝する。そして、もしも俺に力を貸してくれるならば、リフェティ内に残っている戦える兵を集めてほしい。一般市民は、なるべく地下へ避難を」
「正直なところ、あなたの考えにはついていけない者もいるとは思うが、今はそれを言っている場合ではない。協力しましょう」
ロモ長老は、ほかの長老たちにも聞こえるような声で、はっきりとそういった。
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