言霊(ことだま)の国から来た男 #1
第1話 いろいろな意味で栄光のとき
「藤田健一君を、本院により、第119代内閣総理大臣に指名することに決まりました」
それは、栄光のときだった。
議場の半分からは熱気のある拍手を、残りの半分からは冷ややかな眼差しを受けながら、藤田は立ち上がり、深々とお辞儀をした。
「これからだ、これからなんだ」
藤田は、頭を垂れ自らの足元を見つめながら、心の中で強くつぶやいた。
無能な党の長老たちにおべっかを使い、若手の選挙に資金を工面し、無責任なマスコミにも叩かれぬよう細心の注意を払い続けてきた。長い下積みの日々、すべてはこのときのため。
――日本を、立て直す。
数代続いた神輿に乗るだけの無能な総理大臣とは違う。日本の歴史を深く勉強し、外国の動向にもずっと目を向け、米国やEU諸国にも独自の人脈も築いてきた。日本を立て直す戦いが、ここからようやく始まるのだ…
藤田健一64歳、人生の絶頂にして、新たな上り坂の入り口に立った男。2049年。
そのとき、神々しい光が、彼を包んだ。
◆◆◆
魔王との闘いは、熾烈を極めていた。
勇者マーカスは、肩で息をしながら、仲間たちを振り返った。
「回復の祈りは、まだ使えるか?」
「もう無理って言ってるでしょ」
そう答えたのは、白銀の鎧に身を包む聖騎士のグロリア。一見物静かな25歳の金髪美女だが、不機嫌なときの冷ややかさは焼き鏝をも凍らせると言われている。
グロリアは隣に立つ筋骨隆々の中年男性の方を見た。
「あんたは、バヌス?」
「もう無理だ……限界」
バヌスは気弱に言う。拳闘では最強と言われているが、発言は常に弱気だ。戦う僧侶である。
マーカスは覚悟を決め何度かうなずいた。
「ならば、攻め切るしかないなぁ……カールゲン、召喚魔法は?」
「ああ……」
そう言って身を折るような咳をしたのは、黒いローブを着た病弱そうな老人だ。魔法使いにして召喚師。攻撃魔法のほぼすべてを使い切った彼は、究極召喚に備え魔法陣を描いていた。
「いよいよ……こいつの出番とは……感慨深い」
「また魔王が来るわよ、さっさとやりなさい、カールゲン」
グロリアが叱咤する。
「簡単に言ってくれるが……誰も成功したことのない、禁呪とされた召喚魔法だぞ」
カールゲンは不機嫌そうにそうつぶやいてから、目を閉じて最後の集中状態に入った。
マーカスは唾を飲み込んだ。
彼らに、もう戦う力はほとんど残っていない。カールゲンの召喚が失敗したら、彼らは全員死ぬだろう。
魔王が咆哮をあげ、その巨大な一歩を彼らの方へ踏み出そうとした。
その時、彼らの目の前に光の魔法陣が浮かび上がり、神々しい白い光が魔王の城に満ち満ちた。
「おお……」
マーカスたちは、仰ぎ見た。その光は、神が掲げる光の槍のようであり、また彼らを優しく包み込む羽毛のようであった。
その威光は、魔王をも抑止する。魔王はその輝きに視覚を射貫れ、目を覆って動きを止めた。
四人の冒険者たちは、城に光が満ちそして引いていく様を、魅入られたように見つめていた。
周囲は再び薄暗くなり、床に描かれた魔法陣の残渣が弱々しい炎となって揺れていた。
そこに現れたのは、勇者たちの方を向いて深々とお辞儀をしている、高齢の男だった。
男は顔を上げる。色白でひょろひょろ、頭は禿げ、この世界では珍しい四角い眼鏡をしていた。
あっけにとられたような、男の視線と、マーカスの視線がぶつかる。
「……ええと、あんたは?」
マーカスは問うた。
「私?ええと……第119代内閣総理大臣ですけど……」
(つづき)
(目次)
第1話 いろいろな意味で栄光のとき
第2話 敗北
第3話 みかん農家の子
第4話 目覚める総理
第5話 切れる総理
第6話 言霊の幸ふ国
第7話 冴える調整力
第8話 出陣
第9話 言葉を刃とする戦い:魔王VS総理大臣
第10話 序盤は好調
第11話 発動しない日米安保
第12話 一蓮托生:総理は前線に立つ
第13話 決戦
第14話 決着
第15話 総理の長い一日
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