言霊(ことだま)の国から来た男 #2
第2話 敗北
「ナイ……カク、何だって?」
マーカスは首を傾けた。
カールゲンの魔法は、最強の召喚獣を呼び出すもののはずだったが、目の前にいるのは奇妙な恰好をした、貧相な男……そして、その男は明らかに、戸惑っていた。
「ええと……ここは、いったい?」
男はマーカスの仲間たちを見て、ある可能性に思い当たったようだった。
「あなたたちは、コスプレイヤー? ここは、どこかのフェスですか? …私はいったいどうしたんだ」
グロリアが落ち着かなげにカールゲンを見てから、冷ややかに問うた。
「あんた、一体、何者?」
「いやいや、一度くらいは見たことあるでしょう? 私、藤田健一、総理大臣になったばかりの」
男は自らを指さしながら力説した。
「フジタ? 一体何を言っているの?」
グロリアは再びカールゲンを見た。黒いローブを着た魔法使いは、肩をすくめた。
「究極召喚はうまくいったはずだが…伝説上の太陽の国から、最強の存在を召喚したはず」
「彼が、最強の存在?」
マーカスは眉をひそめた。駆け出しの冒険者どころか、酒場の親父にも一撃でのされそうなひ弱さだ。
「まあ、いい。フジタ、ともかくあれと戦ってくれ」
マーカスは剣を掲げ、藤田の背後を指し示した。
後ろには、藤田召喚時の神々しい光に視覚をやられた魔王が固まっていた。。
地獄の底から現われたかのような、その恐るべき姿を見た藤田は、驚きのあまり腰を抜かした。
「ええ~!? なにこれ、新しい拡張現実か? ……長官!秘書官!?」
魔法陣のなかに尻もちをつきながら、藤田は震える声で言った。
戦う僧侶のバヌスが藤田にかけより、その逞しい手で肩をつかんだ。
「恐れる気持ちは分かる、フジタとやら。けれども、魔王と戦うためにあんたの力が必要だ」
藤田は青ざめながらバヌスを見上げた。
「わ、私の力?」
「ああ、あんたは、究極召喚で異世界から召喚されたんだ……伝説上の太陽の国から!」
「異世界……召喚?」
藤田は若いころの記憶をたどった。どこかで聞いた言葉だ。
そう、大昔にやたらと流行った、異世界転生やら、異世界召喚という、あれだ。いくつかは映画にもなった。たしか、若いころ、当時交際していた彼女と見に行ったこともある。
藤田は、勇者の一行と魔王を交互に見ながら、次第に状況を理解し始めた。
彼はどうやら、栄えある第119代内閣総理大臣の指名時に、異世界に召喚されたようだ。
「ええ~!!」
藤田は情けない叫び声をあげた。それは、理解と同時の絶望を示す声でもあった。
マーカスも藤田のもとに駆け寄り、膝をつく。
「魔王の目が治ってきた。俺たちはもう戦う力がない。あんたの力を貸してくれ……伝説の太陽の国とやらの!」
藤田は恐る恐る魔王の方を見る。
目を抑えて動きを止めていた魔王は、次第に目を開きつつあった。その蛇のような瞳には、憎悪の炎が宿る…
「無理ですぅ」
藤田は半泣きになりながら言った。
「私は、平和国家から来たんですぅ。戦う術など……」
「何か思い出してくれ! あんたが呼ばれたのには、きっと何か理由があるはずだ」
マーカスは熱を込めて言った。藤田は何度も頭を左右に振った。
「戦いなど無縁の……専守防衛の国なんですぅ」
「センシュボウエイ?」
マーカスは首を捻った。
「なんだ、それは?」
「イージスシステム……SM3、PAC3……電磁バリア」
藤田は念仏のように唱える。
マーカスは完全に眉をしかめ、グロリアの方を見た。グロリアは目頭を押さえていた。
そのとき、魔王の視覚は完全に復活していた。
その日、勇者たちは魔王にぶちのめされた。
(つづき)
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