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【note連載】言葉

「もっと知りたい。こんなとき、貴方になんと伝えようか。もっと聞きたい。貴方はなんて言ってくれるの。」 月2回更新します。
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言葉

言葉

はじめて名刺を持つにあたって、肩書きはどうしようかと考えなければならなかった。

作家、と名乗るのはおこがましい。エッセイストというのも、今後エッセイ以外も書くかもしれないし、コラムニストというと、自分の中ではなんだか明快にズバズバと明言をしていくようなイメージがあって、グズグズした私の文章はそれではないと思った。

今のところ、起きたことを文字にして残していっているのだから、記録係というのはどう

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「自慢じゃないけど」

「自慢じゃないけど」

「自慢じゃないけど」と、祖母はよく口にする。

リビングの棚には私が持ち帰ったウィスキーが何本か並んでいる。バランタイン、オールドパー、イチローズモルト。人から譲ってもらったものがほとんどなのだが、中には太っ腹な紳士が気まぐれで寄越すような、なかなか手に入らない高価なものもあったりする。

ちゃっかしいの謎

ちゃっかしいの謎

小学校の高学年のとき、突如として謎の言葉が流行した。たぶん最初に言い出したのは、学校の中でもやんちゃで目立ってた稲村くんだったと思う。ちなみに私は稲村くんのことが好きだった。小中学生の頃は、私も例にもれず足が速くて少しやんちゃな男子を好きになりがちだった。まあ、この件と一切関係ないそんな話は置いといて、稲村くんはあるときからこんなことを言うようになった。

 「ちゃっかしい」

ちゃっかしい。それ

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声は小さい、気は強い

声は小さい、気は強い

私は声が小さい。

言葉を話せるようになった瞬間からずっと小さい。話す速度ものろくて、抑揚もあまりない。どうしてこうなったかはわからない。物心がつき、いくつかの言葉を発したあと、私はこのくらいの音量が私には最適と考えたのだと思う。

もしかしたら、最初は声の大きく短気な父を刺激しないためだったかもしれないし、べつに理由なんてとくになくて、ただ母の話し方をそっくりそのまま受け継いだだけかもしれない。

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積み木の塔

積み木の塔

最近、話題の種はTikTokから生まれることが多い。昭和の子どもたちの話題がもっぱらドリフのコント番組だったように、平成のオタクがニコニコの動画についてばかり話していたように、私が働くバイト先の学生たちはTikTokの話ばかりしている。

私はというと、いまだTikTokを始めるに至っていない。アプリをインストールするところまではいったのだが、開いた瞬間ノンストップで流れはじめた無数の映像に混乱し

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慰めの技術について

慰めの技術について

驚くべき光景に立ち会った。

渋谷のショッピングモールのトイレに立ち寄り手を洗っていると、足元にちいさな女の子がしゃがみこんでいるのに気がついた。きっと、個室から母親が出てくるのを待っているのだろう。女の子は柱に体重を預けて、スマホでゲームをしていた。

床にお尻は着けていないものの、こんな場所でしゃがみこむのはいかがなものか、と私の中の煩い規律係が小言を言っていたが、思い出してみれば、私もこのく

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しつこいナンパ

しつこいナンパ

休日に人と会う予定がキャンセルになり、最寄りのサイゼリアに6時間ほど籠城して本を一冊読み終えたあと、レイトショーで「哀れなるものたち」観た。

映画は評判の通り素晴らしいものだった。私はU-NEXTのポイントでお得に映画が観られたことと、売店で買ったジェラートとフライドポテトで甘みと塩気を交互に楽しめた充実感を身に纏って映画館の外へ出た。なんだか自分も主人公のベラのように聡明になったような気がして

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後遺症

後遺症

22時を過ぎた時間、私は四谷3丁目の駅に到着した。

横浜の最寄駅から片道一時間ほどかかる。終電の時間を乗換案内のアプリで調べてみると23時半と出てきた。これから待ち合わせをするとなると、到底間に合いそうにない。そんなことは「22時ごろに」と連絡がきた時点で分かっていたはずであるのに、私は今さら自分がどういうつもりなのか分からなくなった。

駅からそれほど遠くない大通りを進んで、地図の通りに横道に

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成人の日~みんなおばさんになるよ~

成人の日~みんなおばさんになるよ~

成人の日。去年の夏に二十歳の誕生日を迎えていた弟が、オーダーで仕立てたグリーンチェックのスーツにイエローのネクタイを結んで出かけて行った。生地を選んだとき母は「そんな派手な生地でスーツなんて、サプールみたい」と心配していたが、実際に出来上がってみると想像していたようなトンチキさはなく、むしろ光を受けて上品に艶めく深いグリーンが背の高い弟によく似合っていた。

なにより驚いたのは、スーツを着て試着室

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タカイタカイオババ

タカイタカイオババ

毎日、かわるがわる人と会うので、お土産を頂くことが多い。

打ち合わせでお会いする編集者の方、ネットで知り合ったはじめましての人、バイト先に来る出張帰りのお客様。皆、ご丁寧にお土産を下さる。昨日は函館から帰ってきたばかりの人にホッケとカレイの干物を頂いた。ありがたい。

私は人にめったにお土産を買わない。中学や高校の頃は、修学旅行先のお土産屋ではしゃぐ同級生たちに交じってなにか買って帰ったりもして

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傷つきました

傷つきました

タイムラインを眺めていると、そのなかのいくつかのアカウントが同じ話題について呟いていることに気がついた。

ポストに使われている言葉を検索にかけて、話題の中心部分を探る。話題のポストはたいてい上のほうに表示されるので、見つけ出すのにそれほど時間はかからない。

何千とリポストされたポストをタッチして、そこにくっついているリプライを読んでいく。そこには大概、短くて鋭い罵倒の言葉、文脈から外れた嘲笑と

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世の中に人の来るこそうるさけれ とは言うもののお前ではなし

世の中に人の来るこそうるさけれ とは言うもののお前ではなし

朝、目が覚めるたびに思う。「今日こそは誰一人とも口をききたくない」と。 

会話という行為には、とてつもない労力がかかる。幼稚園生のとき、家族で通っていた銭湯のおばちゃんに「ここのおふろはあついから、つぎはほかのおふろにいくの」と言った。おばちゃんは申し訳なさそうな顔をして、母はそれに恥ずかしそうに頭を下げていた場面を憶えている。

中学生のとき「一緒にトイレいこ」と声を掛けてきた同級生に「トイレ

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「ありがとう」の呪い

「ありがとう」の呪い

西日がほとんど沈みかけていた。

私はいつものようにアルバイトに向かうべく、最寄りの駅へ向かう。到着して車から降りると、改札からは、今日の勤務を終えた人々が湧き出るように流れ出ているところだった。

ちょうど下りの電車が行ったところなのだろう。多くの人が一日の務めを終えたなかで、私はそれと反対に、上りの電車に乗って行かなければならない。

ガールズバーで働いていたときは、出勤が終電間際の時間だった

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やーらしか

やーらしか

私の生まれ故郷、横浜には方言がない。

そう言うと「横浜にも『じゃん』とか『だべ』とかあるんだよ」と言われる。けれども、実際、そんなのどこでも使われているわけで、横浜だけで独自に使われている言葉は、私が知るかぎり存在しない。

私のような、いわゆる「標準語」を使う地域に住む人間というのは(というと主語が大きすぎるかもしれない。少なくとも私は)方言というものへの憧れゆえに、気分によって選び取るアクセ

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