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【note連載】言葉

「もっと知りたい。こんなとき、貴方になんと伝えようか。もっと聞きたい。貴方はなんて言ってくれるの。」 月2回更新します。
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言葉

言葉

はじめて名刺を持つにあたって、肩書きはどうしようかと考えなければならなかった。

作家、と名乗るのはおこがましい。エッセイストというのも、今後エッセイ以外も書くかもしれないし、コラムニストというと、自分の中ではなんだか明快にズバズバと明言をしていくようなイメージがあって、グズグズした私の文章はそれではないと思った。

今のところ、起きたことを文字にして残していっているのだから、記録係というのはどう

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Liberté

Liberté

ふと思い立って、匿名でメッセージを募集できるアプリを使ってみた。かなり前に使っていた「質問箱」というアプリはどうやらもう利用できないらしく。今の主流は「マシュマロ」なるものらしい。あらかじめ届いたメッセージが選別されて表示されるらしく「匿名のメッセージは受け付けるのに、悪口はこない」のが特徴らしい。

悪口が届かない? そんなことはできっこないだろうと思った。たぶん「バカ」とか「死ね」とか、そうい

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絶句

絶句

人に面と向かって暴言を吐かれたことがない。唯一思い出せるのは、祖母に手を引かれて広い道路の片側を歩いていたときの記憶。たぶん、小学生にもなっていなかったと思う。川のそばで、空は気持ちよく晴れていた道の途中、反対側にいた小学生男子の集団の中のひとりが、私を一瞥して「外国人だ。気持ち悪りぃ」と叫びながら走っていった。心地よい風が吹く午後だった。

きっとこれから、なんどもこんなことがあるのだろうと、私

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「言葉は歌なり 歌は言葉なり」

「言葉は歌なり 歌は言葉なり」

父はよく、私に歌を歌ってくれた。おそらくセネガルでは定番の、子供をあやすための手遊び歌のようなものだった。記憶が正しければ、それは「ラーインベレ、アフジャマノ」というような、セネガルで話されている“ウォロフ語”らしい歌詞から始まり、それからしばらく単調な調子が続く。私が「パパ、あれやって」とねだると、父は笑顔で手をたたきながら歌いはじめ、私も手を叩いてそれをまね、まもなく起こることへの期待に心拍数

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復讐

復讐

私がいつから言葉に執着するようになったか、思い出してみよう。

私の言葉にまつわる悲しい記憶は小学校の下校時間から始まっている。

私は天然パーマの髪を三つ編みにして、赤いランドセルを背負って学校に通っていた。今の私ならば選ばないであろう、昼下がりの日の光を受けて、鮮やかに輝くロゼ色のランドセルだった。授業が終わって帰る途中、あと5分も歩けば家に着くあたりの道には、やがて私も通うことになる中学校が

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ファンクに抱かれて

ファンクに抱かれて

私は黒人とのハーフだ。それで、黒人好きの男が嫌いだ。

とはいっても、人の好みに善悪をつけるつもりはない。私だって、色白の優しい目の男が好きだ。人にはそれぞれ、恋愛的に好きになる相手の傾向、俗にいう「タイプ」というものがある。もちろん、エキゾティックな顔が好みという人もいるだろう。私はそれを聞いて不快になったりもしないし、美人が好きだと言われても、物静かな子が好きだと言われても「そうなんだ」程度の

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「自慢じゃないけど」

「自慢じゃないけど」

「自慢じゃないけど」と、祖母はよく口にする。

リビングの棚には私が持ち帰ったウィスキーが何本か並んでいる。バランタイン、オールドパー、イチローズモルト。人から譲ってもらったものがほとんどなのだが、中には太っ腹な紳士が気まぐれで寄越すような、なかなか手に入らない高価なものもあったりする。

ちゃっかしいの謎

ちゃっかしいの謎

小学校の高学年のとき、突如として謎の言葉が流行した。たぶん最初に言い出したのは、学校の中でもやんちゃで目立ってた稲村くんだったと思う。ちなみに私は稲村くんのことが好きだった。小中学生の頃は、私も例にもれず足が速くて少しやんちゃな男子を好きになりがちだった。まあ、この件と一切関係ないそんな話は置いといて、稲村くんはあるときからこんなことを言うようになった。

 「ちゃっかしい」

ちゃっかしい。それ

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声は小さい、気は強い

声は小さい、気は強い

私は声が小さい。

言葉を話せるようになった瞬間からずっと小さい。話す速度ものろくて、抑揚もあまりない。どうしてこうなったかはわからない。物心がつき、いくつかの言葉を発したあと、私はこのくらいの音量が私には最適と考えたのだと思う。

もしかしたら、最初は声の大きく短気な父を刺激しないためだったかもしれないし、べつに理由なんてとくになくて、ただ母の話し方をそっくりそのまま受け継いだだけかもしれない。

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積み木の塔

積み木の塔

最近、話題の種はTikTokから生まれることが多い。昭和の子どもたちの話題がもっぱらドリフのコント番組だったように、平成のオタクがニコニコの動画についてばかり話していたように、私が働くバイト先の学生たちはTikTokの話ばかりしている。

私はというと、いまだTikTokを始めるに至っていない。アプリをインストールするところまではいったのだが、開いた瞬間ノンストップで流れはじめた無数の映像に混乱し

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慰めの技術について

慰めの技術について

驚くべき光景に立ち会った。

渋谷のショッピングモールのトイレに立ち寄り手を洗っていると、足元にちいさな女の子がしゃがみこんでいるのに気がついた。きっと、個室から母親が出てくるのを待っているのだろう。女の子は柱に体重を預けて、スマホでゲームをしていた。

床にお尻は着けていないものの、こんな場所でしゃがみこむのはいかがなものか、と私の中の煩い規律係が小言を言っていたが、思い出してみれば、私もこのく

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しつこいナンパ

しつこいナンパ

休日に人と会う予定がキャンセルになり、最寄りのサイゼリアに6時間ほど籠城して本を一冊読み終えたあと、レイトショーで「哀れなるものたち」観た。

映画は評判の通り素晴らしいものだった。私はU-NEXTのポイントでお得に映画が観られたことと、売店で買ったジェラートとフライドポテトで甘みと塩気を交互に楽しめた充実感を身に纏って映画館の外へ出た。なんだか自分も主人公のベラのように聡明になったような気がして

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後遺症

後遺症

22時を過ぎた時間、私は四谷3丁目の駅に到着した。

横浜の最寄駅から片道一時間ほどかかる。終電の時間を乗換案内のアプリで調べてみると23時半と出てきた。これから待ち合わせをするとなると、到底間に合いそうにない。そんなことは「22時ごろに」と連絡がきた時点で分かっていたはずであるのに、私は今さら自分がどういうつもりなのか分からなくなった。

駅からそれほど遠くない大通りを進んで、地図の通りに横道に

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成人の日~みんなおばさんになるよ~

成人の日~みんなおばさんになるよ~

成人の日。去年の夏に二十歳の誕生日を迎えていた弟が、オーダーで仕立てたグリーンチェックのスーツにイエローのネクタイを結んで出かけて行った。生地を選んだとき母は「そんな派手な生地でスーツなんて、サプールみたい」と心配していたが、実際に出来上がってみると想像していたようなトンチキさはなく、むしろ光を受けて上品に艶めく深いグリーンが背の高い弟によく似合っていた。

なにより驚いたのは、スーツを着て試着室

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