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「自慢じゃないけど」
「自慢じゃないけど」と、祖母はよく口にする。
リビングの棚には私が持ち帰ったウィスキーが何本か並んでいる。バランタイン、オールドパー、イチローズモルト。人から譲ってもらったものがほとんどなのだが、中には太っ腹な紳士が気まぐれで寄越すような、なかなか手に入らない高価なものもあったりする。
声は小さい、気は強い
私は声が小さい。
言葉を話せるようになった瞬間からずっと小さい。話す速度ものろくて、抑揚もあまりない。どうしてこうなったかはわからない。物心がつき、いくつかの言葉を発したあと、私はこのくらいの音量が私には最適と考えたのだと思う。
もしかしたら、最初は声の大きく短気な父を刺激しないためだったかもしれないし、べつに理由なんてとくになくて、ただ母の話し方をそっくりそのまま受け継いだだけかもしれない。
成人の日~みんなおばさんになるよ~
成人の日。去年の夏に二十歳の誕生日を迎えていた弟が、オーダーで仕立てたグリーンチェックのスーツにイエローのネクタイを結んで出かけて行った。生地を選んだとき母は「そんな派手な生地でスーツなんて、サプールみたい」と心配していたが、実際に出来上がってみると想像していたようなトンチキさはなく、むしろ光を受けて上品に艶めく深いグリーンが背の高い弟によく似合っていた。
なにより驚いたのは、スーツを着て試着室
世の中に人の来るこそうるさけれ とは言うもののお前ではなし
朝、目が覚めるたびに思う。「今日こそは誰一人とも口をききたくない」と。
会話という行為には、とてつもない労力がかかる。幼稚園生のとき、家族で通っていた銭湯のおばちゃんに「ここのおふろはあついから、つぎはほかのおふろにいくの」と言った。おばちゃんは申し訳なさそうな顔をして、母はそれに恥ずかしそうに頭を下げていた場面を憶えている。
中学生のとき「一緒にトイレいこ」と声を掛けてきた同級生に「トイレ
「ありがとう」の呪い
西日がほとんど沈みかけていた。
私はいつものようにアルバイトに向かうべく、最寄りの駅へ向かう。到着して車から降りると、改札からは、今日の勤務を終えた人々が湧き出るように流れ出ているところだった。
ちょうど下りの電車が行ったところなのだろう。多くの人が一日の務めを終えたなかで、私はそれと反対に、上りの電車に乗って行かなければならない。
ガールズバーで働いていたときは、出勤が終電間際の時間だった