伊藤亜和

亜細亜の平和。初孫。主に昔話や日記を書きます。

伊藤亜和

亜細亜の平和。初孫。主に昔話や日記を書きます。

マガジン

  • 【note連載】言葉

    「もっと知りたい。こんなとき、貴方になんと伝えようか。もっと聞きたい。貴方はなんて言ってくれるの。」 月2回更新します。

  • 小説

    思いつきで物語は成立するのか

  • ハプニング集

    これまでに発生した人生のハプニングまとめ

  • 離人症で悟りかけた話

最近の記事

  • 固定された記事

パパと私

パパと会わなくなって7年経った。 死んでしまったわけではない。パパは私が住む家から歩いて1分ほどの場所に住んでいる。でも会わない。 喧嘩をしたからだ。 私が18になったとき、私とパパは警察が来るほどの大喧嘩をして、それ以来いちども顔を合わせていない。 私のパパはセネガル人だ。アフリカの西の、イスラムの国の人間だ。 私の本名には苗字がふたつ付いていて(戸籍上片方の苗字は名前扱いになっているけど)、パパの家系の苗字はセネガルの由緒ある聖人の家系の印として付けられているら

    • 絶句

      人に面と向かって暴言を吐かれたことがない。唯一思い出せるのは、祖母に手を引かれて広い道路の片側を歩いていたときの記憶。たぶん、小学生にもなっていなかったと思う。川のそばで、空は気持ちよく晴れていた道の途中、反対側にいた小学生男子の集団の中のひとりが、私を一瞥して「外国人だ。気持ち悪りぃ」と叫びながら走っていった。心地よい風が吹く午後だった。 きっとこれから、なんどもこんなことがあるのだろうと、私は迎えに来た車の中でめそめそ泣きながら考えていたのだが、大人になっても、それ以来

      ¥500
      • 「言葉は歌なり 歌は言葉なり」

        父はよく、私に歌を歌ってくれた。おそらくセネガルでは定番の、子供をあやすための手遊び歌のようなものだった。記憶が正しければ、それは「ラーインベレ、アフジャマノ」というような、セネガルで話されている“ウォロフ語”らしい歌詞から始まり、それからしばらく単調な調子が続く。私が「パパ、あれやって」とねだると、父は笑顔で手をたたきながら歌いはじめ、私も手を叩いてそれをまね、まもなく起こることへの期待に心拍数があがってこらえきれずににニヤニヤと笑う。 単調なメロディがおわると、父は私の

        ¥500
        • 復讐

          私がいつから言葉に執着するようになったか、思い出してみよう。 私の言葉にまつわる悲しい記憶は小学校の下校時間から始まっている。 私は天然パーマの髪を三つ編みにして、赤いランドセルを背負って学校に通っていた。今の私ならば選ばないであろう、昼下がりの日の光を受けて、鮮やかに輝くロゼ色のランドセルだった。授業が終わって帰る途中、あと5分も歩けば家に着くあたりの道には、やがて私も通うことになる中学校があった。道は中学校のフェンスに沿って続き、フェンスの向こう側には広い校庭があり、

          ¥500
        • 固定された記事

        パパと私

        マガジン

        • 【note連載】言葉
          ¥500 / 月
        • 小説
          0本
        • ハプニング集
          6本
        • 離人症で悟りかけた話
          1本

        記事

          ファンクに抱かれて

          私は黒人とのハーフだ。それで、黒人好きの男が嫌いだ。 とはいっても、人の好みに善悪をつけるつもりはない。私だって、色白の優しい目の男が好きだ。人にはそれぞれ、恋愛的に好きになる相手の傾向、俗にいう「タイプ」というものがある。もちろん、エキゾティックな顔が好みという人もいるだろう。私はそれを聞いて不快になったりもしないし、美人が好きだと言われても、物静かな子が好きだと言われても「そうなんだ」程度の感想しかない。それぞれの好みのタイプというものを面白がったり「ありえな~い」とか

          ¥500

          ファンクに抱かれて

          ¥500

          「自慢じゃないけど」

          「自慢じゃないけど」と、祖母はよく口にする。 リビングの棚には私が持ち帰ったウィスキーが何本か並んでいる。バランタイン、オールドパー、イチローズモルト。人から譲ってもらったものがほとんどなのだが、中には太っ腹な紳士が気まぐれで寄越すような、なかなか手に入らない高価なものもあったりする。

          ¥500

          「自慢じゃないけど」

          ¥500

          ちゃっかしいの謎

          小学校の高学年のとき、突如として謎の言葉が流行した。たぶん最初に言い出したのは、学校の中でもやんちゃで目立ってた稲村くんだったと思う。ちなみに私は稲村くんのことが好きだった。小中学生の頃は、私も例にもれず足が速くて少しやんちゃな男子を好きになりがちだった。まあ、この件と一切関係ないそんな話は置いといて、稲村くんはあるときからこんなことを言うようになった。  「ちゃっかしい」 ちゃっかしい。それは私が今まで聞いたことのない表現だった。ちゃっかしい。聞いたことがなかったどころ

          ¥500

          ちゃっかしいの謎

          ¥500

          声は小さい、気は強い

          私は声が小さい。 言葉を話せるようになった瞬間からずっと小さい。話す速度ものろくて、抑揚もあまりない。どうしてこうなったかはわからない。物心がつき、いくつかの言葉を発したあと、私はこのくらいの音量が私には最適と考えたのだと思う。 もしかしたら、最初は声の大きく短気な父を刺激しないためだったかもしれないし、べつに理由なんてとくになくて、ただ母の話し方をそっくりそのまま受け継いだだけかもしれない。たしかに、私と弟は母とそっくりな話し方をする。3人とも、まるで牛が草を食みながら

          ¥500

          声は小さい、気は強い

          ¥500

          積み木の塔

          最近、話題の種はTikTokから生まれることが多い。昭和の子どもたちの話題がもっぱらドリフのコント番組だったように、平成のオタクがニコニコの動画についてばかり話していたように、私が働くバイト先の学生たちはTikTokの話ばかりしている。 私はというと、いまだTikTokを始めるに至っていない。アプリをインストールするところまではいったのだが、開いた瞬間ノンストップで流れはじめた無数の映像に混乱し、画面を縦に動かすのか横に動かすのかもわからないまま早々にギブアップしてしまった

          ¥500

          積み木の塔

          ¥500

          慰めの技術について

          驚くべき光景に立ち会った。 渋谷のショッピングモールのトイレに立ち寄り手を洗っていると、足元にちいさな女の子がしゃがみこんでいるのに気がついた。きっと、個室から母親が出てくるのを待っているのだろう。女の子は柱に体重を預けて、スマホでゲームをしていた。 床にお尻は着けていないものの、こんな場所でしゃがみこむのはいかがなものか、と私の中の煩い規律係が小言を言っていたが、思い出してみれば、私もこのくらいの頃は母の買い物に付き合わされるのが退屈でお店のあちこちに座り込んでいた。洋

          ¥500

          慰めの技術について

          ¥500

          しつこいナンパ

          休日に人と会う予定がキャンセルになり、最寄りのサイゼリアに6時間ほど籠城して本を一冊読み終えたあと、レイトショーで「哀れなるものたち」観た。 映画は評判の通り素晴らしいものだった。私はU-NEXTのポイントでお得に映画が観られたことと、売店で買ったジェラートとフライドポテトで甘みと塩気を交互に楽しめた充実感を身に纏って映画館の外へ出た。なんだか自分も主人公のベラのように聡明になったような気がして、黒いコートを夜風に靡かせながら無表情で顎を上げて颯爽と歩く。 23時を過ぎた

          ¥500

          しつこいナンパ

          ¥500

          後遺症

          22時を過ぎた時間、私は四谷3丁目の駅に到着した。 横浜の最寄駅から片道一時間ほどかかる。終電の時間を乗換案内のアプリで調べてみると23時半と出てきた。これから待ち合わせをするとなると、到底間に合いそうにない。そんなことは「22時ごろに」と連絡がきた時点で分かっていたはずであるのに、私は今さら自分がどういうつもりなのか分からなくなった。 駅からそれほど遠くない大通りを進んで、地図の通りに横道に逸れた。ちいさな居酒屋の前にぶら下がっている赤提灯に指定された店の名前が書いてあ

          ¥500

          後遺症

          ¥500

          ラーメン、その愛

          券売機から出てきた白い券を渡すと、店員は私が口を開くより先に遠慮がちに言った。 「カタメレンソウマシ、ですね?」 そう。私はカタメレンソウマシの女。今日のメンツは信頼できそうだ。私は喜びと期待が伝わるように、笑顔ではい、と答えた。 ここは、私の最寄駅の道路を挟んで反対側にある家系ラーメンの店。私が今のところ毎日ここに立ち寄らずに済んでいるのは、この店がいつもの帰路から一本外れた道にあるおかげだ。それでも、多いときで週に2、3度、私は職場の更衣室に入った時点で誘惑に負けて

          ラーメン、その愛

          成人の日~みんなおばさんになるよ~

          成人の日。去年の夏に二十歳の誕生日を迎えていた弟が、オーダーで仕立てたグリーンチェックのスーツにイエローのネクタイを結んで出かけて行った。生地を選んだとき母は「そんな派手な生地でスーツなんて、サプールみたい」と心配していたが、実際に出来上がってみると想像していたようなトンチキさはなく、むしろ光を受けて上品に艶めく深いグリーンが背の高い弟によく似合っていた。 なにより驚いたのは、スーツを着て試着室から出てきたときの弟の凛々しさ。毎日のように顔を合わせているというのに、きちんと

          ¥500

          成人の日~みんなおばさんになるよ~

          ¥500

          青森旅行番外編 高速うんこ事件

          こんにちは、伊藤亜和です。 先日、祖父母と3人で青森へ旅行に行ってまいりました。 横浜から車で10時間ほどかけて北上し、弘前に到着した後は四日かけて青森市内、浅虫、深浦、天童(これは山形ですが)と。旅行とは言いましたが、実際は祖母の申親戚、友人のご機嫌伺いであります。 私は、1日くらいはひとりで夜の街に繰り出す時間があるかしらと、祖父母パーティーからの脱出の機会をうかがっておりましたが、実際は両脇をガッツリ固められて車のハンドルを握らされ、ひとりで気ままに散策する時間など

          青森旅行番外編 高速うんこ事件

          一切は過ぎてゆきます

          アルミ製の、金色をした大きな鍋に、祖母は右手の出刃包丁で不均等に切ったりんごを次々と放り込んでいく。 私が生まれた時から家にあったその鍋は、2歳くらいの子どもならばすっぽりと収まってしまうように見えた。放り込まれたりんごが鍋の側面にぶつかる音が、ストーブで暖められた部屋にカン、カンと響いて、ときどき小さな置時計の振り子の動きと重なった。 「青森に行ったときに会ったおじさん、いたでしょ」 「ミツオさん」 「そう。目、見えなくなっちゃったったって。可哀想にね。」 つい

          一切は過ぎてゆきます