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慰めの技術について

驚くべき光景に立ち会った。

渋谷のショッピングモールのトイレに立ち寄り手を洗っていると、足元にちいさな女の子がしゃがみこんでいるのに気がついた。きっと、個室から母親が出てくるのを待っているのだろう。女の子は柱に体重を預けて、スマホでゲームをしていた。

床にお尻は着けていないものの、こんな場所でしゃがみこむのはいかがなものか、と私の中の煩い規律係が小言を言っていたが、思い出してみれば、私もこのくらいの頃は母の買い物に付き合わされるのが退屈でお店のあちこちに座り込んでいた。洋服屋で吊り下げられている、たくさんの洋服の下に潜り込むように三角座りをしていた記憶がよみがえる。

「そんなところに座らないで」と母にはしょっちゅう叱られていたけれど、大人が見ているものに興味はないし、座る椅子もないし、仕方がない。目的無く立たされるのは、私にとっては今でも最悪の状況だ。この女の子にとってもそうなのだろう。そう思いなおし、私は手洗い場を離れて鏡の前で化粧を直し始めた。

しばらくすると、鏡越しに映っていた女の子が立ち上がるのが見えた。どうやら母親が個室から出てきたらしい。母親と思しき人は。大きなキャリーケースを転がしながら女の子に「おまたせ~」と言いながら近づいて、それから手に持っていた紙袋を女の子に見せながら「大事に持ってたんだけど、すこしクチャってなっちゃった。ごめんね」と言った。

すると女の子は、信じられないことに、そう言った母親に向かって「大丈夫。クチャってなっても、一生懸命持っててくれたから、大丈夫だよ。」と答えたのだ。

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「もっと知りたい。こんなとき、貴方になんと伝えようか。もっと聞きたい。貴方はなんて言ってくれるの。」 月2回更新します。

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