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後遺症

22時を過ぎた時間、私は四谷3丁目の駅に到着した。


横浜の最寄駅から片道一時間ほどかかる。終電の時間を乗換案内のアプリで調べてみると23時半と出てきた。これから待ち合わせをするとなると、到底間に合いそうにない。そんなことは「22時ごろに」と連絡がきた時点で分かっていたはずであるのに、私は今さら自分がどういうつもりなのか分からなくなった。


駅からそれほど遠くない大通りを進んで、地図の通りに横道に逸れた。ちいさな居酒屋の前にぶら下がっている赤提灯に指定された店の名前が書いてあることを確認すると、私は暖簾の向こうにあるガラスが張られた引き戸に近づき、おそるおそる中を覗いた。


いた。数年ぶりに見る姿は、ほとんど変わっていなかった。もともと広かった額がさらに広くなっているのではないかと心配していたが、生え際はあの頃と同じ位置で留まっているように見えた。記憶の印象より長い髪を後ろで撫でつけたヘアスタイルだけが少し違和感を帯びていて「なんかエルヴィス・プレスリーみたいになってるなぁ」と冷静な感想が頭に浮かんだ。


引き戸を開け、できるだけ澄ました顔を作って近づく。私が目の前に来るまで、彼はスマートフォンを眺めたまま顔を上げずにいた。どうせ、私が来たのにはとっくに気がついているだろうに。数年前の何度かの待ち合わせの場面を思い出し、こういう白々しいところが当時の私には大人っぽく見えていた気もする、と思った。「おまたせ」と言うと彼はようやく顔を上げ、ほくろのある口角をにやりと上げて「おう、久しぶり」と言った。テーブルの上には、味噌が添えられた生のピーマンが置かれていた。


相変わらず妙なもの食べる。わざわざ居酒屋にきて、生のピーマンを注文しようという感性が私にはない。なんでピーマン?という顔をしている私に「美味しいから。食べてみなさいよ」と彼は言う。瓶ビールを頼んで、言われるがままピーマンをかじる。たしかにおいしいけれども、それ以上の感想は特にない。

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「もっと知りたい。こんなとき、貴方になんと伝えようか。もっと聞きたい。貴方はなんて言ってくれるの。」 月2回更新します。

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