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復讐

私がいつから言葉に執着するようになったか、思い出してみよう。

私の言葉にまつわる悲しい記憶は小学校の下校時間から始まっている。

私は天然パーマの髪を三つ編みにして、赤いランドセルを背負って学校に通っていた。今の私ならば選ばないであろう、昼下がりの日の光を受けて、鮮やかに輝くロゼ色のランドセルだった。授業が終わって帰る途中、あと5分も歩けば家に着くあたりの道には、やがて私も通うことになる中学校があった。道は中学校のフェンスに沿って続き、フェンスの向こう側には広い校庭があり、もう少し道を進んだ先には、小さなテニスコートのような場所がある。私たちが下校する時間、そこには部活動をしている生徒たちや、地面に座ってたむろしている不良少年たちがいた。

私はいつも「今日はだれもいませんように」と祈りながらその道に差し掛かるのだが、それが叶うことはほとんどない。今日も彼らは私を見つける。気だるげに時間をやり過ごす不真面目な生徒たちにとって、私はちょうどよい暇つぶしだったのだろう。俯きながら足早に歩く私の耳に、フェンスの向こう側から意地悪そうな声が飛んでくる。

「ハロー、おい、ハロー」

「ハワユ―、キャサリン。ジェニファー?」

ランドセルの肩ひもの部分を握った両手に、恐怖と恥ずかしさで力がはいる。顔を向けるともっとなにか言われそうだし、走って逃げれば笑われそうで、聞こえないふりをして、歩き続ける自分のつま先をジッと見た。少年たちは私をひとしきりからかうと、何事もなかったかのように自分たちの話題に戻っていった。私が本気で英語しかわからないと思って話しかけているとはとても思えない。もし彼らが「ハローではなく」「こんにちは」と声を掛けてきたとして、それからキャサリンやジェニファーなんてあてずっぽうな名前ではなく「名前はなんていうの」と話しかけてくれたとしたら、私は素直に応じていたかもしれない。でも、彼らの目的がそんな真面目な対話ではないことは、小学生の私でもわかっていた。

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2,180字

「もっと知りたい。こんなとき、貴方になんと伝えようか。もっと聞きたい。貴方はなんて言ってくれるの。」 月2回更新します。

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