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【小説】断片掌説

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断片掌説 諸寓話
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記事一覧

【小説】幽霊/雪合戦/遺産相続/果実/追跡者



幽霊

凡ゆる都市の仕事が止んでる空白には幽霊が潜んでいるのだとという。潜んでいるというのは我々の表現であって、彼等からすると其処に、言うなれば底に、留保付きとはいえ存在している。開闢当初、凡ゆる身体は朽ちて地表の経済に飲み込まれ循環していた。身体として在ったものの殆どは追跡しようもないくらいに地表と混交されてしまった。それはもう手出しすることのできない自然だ。そして其処から手を替え品を替え地

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【小説】魚の缶詰/競馬/観劇態度



魚の缶詰

僕は釣り上げられてすぐに内臓と別れさせられ缶詰にされた。海だか川だかを泳いでいた時の事は何一つ覚えていない。僕は今になってやっと間違いなく明晰に語ることができるようになった。生きていた事など丸っ切りすっかり忘れてしまっているが、幸か不幸か僕はまだ完全に無という訳ではないらしい。僕は死に損なった。僕はこの出口のない自らが放つ悪臭と同居しながら、鼻声で何かを語っている。語ると言っても喋

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【小説】狂客

決断する時が来たのだ。彼は招集された。科されただけの使命によって、自らの選択によって死ぬ為に呼び出された。彼の狂客人生は打ち止めになる。彼は決断を先延ばしにしていた。それは彼が奇妙な形で所属していた――というよりも惰性で関係していたに過ぎない――ひとつの組織共同体にとっても同じことだった。その組織共同体もまた起源と未来との間に位置しており、彼にとって最も身近なものであったが――やはりそれでも異質な

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【小説】押花

数多の仲間達が斃れた。直接面識のない仲間達が死んでゆくのを感じた。生き急いで手脚をもぎ取られ、死ぬことも出来ずただ蒼穹を仰いでいる彼のことや、使われずに埋められた兵器の在処についての噂が生温い風に乗って俺のもとまでやって来る。俺は死ぬことができるのか。立派に役目を果たすことができるのか。

俺達の役目とは制覇することだ。未知なる敵を全て従えることだ。全てを一つの名の元に集結させるという目的から発し

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【小説】急降下

直ちに降下せねばならぬ。もはや考えている暇はない。俺は使命を与えられた。それを遂行せねばならぬ。その使命とは主の意向を伝える事だ。俺が主の使者として主の思考を把持し、主の思考の一切の要約として人々に前に顕れなければならない。俺が下界に降り立てばそれは完了する。 時間がない。俺は俺の卑しい存続や地位をかなぐり捨てて、この恩寵――人々はそう呼ぶことしかできない――の圏域を離脱し、一つの球体へと身を投げ

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【小説】地雷戦

彼の才能は見出されなかった。兵学校において彼は突出したものを持たない凡夫という扱いだった。射撃は正確だが銃火器の整備が苦手だったり、戦略の立案に長けるが情報伝達の手段を使いこなせない上に人望が薄い等、示された能力を打ち消すような欠点によって悉く能力を消去させられてしまっていた。成績は平均的であるのだが、持ち前の持ち併せの悪さによって彼は自らに無能の烙印を押したのだった。ただ単に成績が平均的であるだ

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【小説】任用の暁に

狭き門という比喩。俺は或る任用試験を通過した。どれだけの労力を費やしただろうか。しかし、それは試験の結果とは関係がない故に語る必要がない。俺は特に喜びもしなかった。その様な感情は門の前に置いていかなければならないからだ。過程は中点で折り返され成就したのだ。と思うほかない。

その任用は権威が齎す免罪符の付与という営為とは関わりがない。俺はその権威を見下げ果てている。罪を免れた安寧に身を置くこと、こ

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【小説】野営

私はそこで営むことにする。それは軍事的な拠点にはならない。国境を前進させたり、分割したり、それを点状にして取りまとめ散弾銃の様に打ち出す機能の内に自らを置いたという記録は残っていない上に、そうした認可された行為とは関わりがない。空白を作り出すという目的も此処にはないのだ。これは私の独白であって、記録されるものではない。仕事でもなければ、非常時の仕事でもない。私にとっての野営は身近なものなのだ。と私

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【小説】お見合い

私の孤独を見兼ねた友人がその知り合いを私に紹介してくれることになった。私は友人を信頼している。友人が齎すこの手の革新的な試みにはなるべく二つ返事で請負う様にしている。何もなければ相変わらず無気力で霞を食べながら世間に背を向け瞑想しているだけなのだから。

私の消極的な振る舞いについて、その知り合いは友人から紹介の企てを聞かされるよりも先に興味を持っていたようだ。友人が気を遣って、理想的な像を知り合

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【小説】掌握遺影

造花の百合の花弁の質感を与えられた冷たい無機質な額縁の中に、その形式に反し、正気のない顔をした者が長椅子に身を沈めながら疲れ切ったそのほうれい線を此方に向け力無く笑いかけている。それは我々とは十分に隔てたられている。危険は何一つない。動物、鉄格子、強化硝子板という設備の連なりによる守りよりも安全な所から我々はそれを眺めている。額縁の中に沈んでいる者は一人だけではない。その額縁は分裂し、何処からとも

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【小説】雪の送迎

するべき仕事を放棄して昇降口の前で一人寂しく佇んでいると何処からか呼びかけられた気がした。辺りを見回してみるが誰もいない。彼は瞑想するかの様に心を鎮め、じっと身体を固め、その声を聞く為に意識を此方に傾けた。

「せっかくだから送っていくよ」

という声と共に目の前にその主が現れた。その声の主は家や車の鍵を付けた金属製の円環を人差し指で器用に回しながら彼の方を見ていた。

「先輩、まだいたんですか?

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【小説】散歩

その人は息苦しい家の中から逃れるように外に出た。玄関にある水槽で泳ぐ観賞用の魚を記憶で泳がせながら。そして馴染みの公園の方へ向かってゆく。その人は歩きながら家を飛び出た訳を考える。しかし、思いあたらない。漠然とした息苦しさ等々。それでも理由を付けなければならない。取り敢えず煙草を吸いたかった事にした。それは理由としては完璧だった。その人がいつも着ている外套の懐には煙草と着火具と携帯灰皿がいれっぱな

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【小説】日記

欄外―行為の対象は処女である。例え繰り返されても。


これは日記か?
「或る閉じられた余白、そこに生じた(在るはずのない)分割の最小単位の中で構成されるのか?」
それは既に断片であって何かしらの総体を示す情熱は疾うに失せている。故に構成はされないだろう。二重山括弧は既に形式として既に書き込まれていて殆ど哀れな眼差しの凍結と一体化している。二重山括弧の内で繰り広げ続ける運動の厳しさとその威光を得

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【小説】眼を見せる娘

私は醜い。ここではまだ恐らくはの話だけれど。でも、私は何を根拠に私の容貌を評価するのかしら?

私自身に面会した時に抱く感情によって、例えば快いとか不快だとか感じ方に判断を任せてもよいのかしら?
いいえ、そんな感情は常に二次的なものよ。原初の…云うならば、違いや異なるものが全く見出されない様な状態にあっては自己に嫌悪感を抱くなんて事は起き得ないもの。もっと言えば自己を指し示す事すらないのよ。だって

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