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【Effectorz】case1.案内人(3/3)

   東欧料理店『ティトー』特別応接室・日本

「じゃ、そろそろ来訪来訪者について、教えてください。」

「わかった。しかし期待するような答えは多分無理だが。」

「いいですよ、お願いします。」

「まず来訪が起こったのは、20年前だ。沙那さんは丁度生まれる前か……世界の6都市、日本の首都圏、アルゼンチンのブレノスアイレス、チリのプンタ・アレーナス、ロシアのオムスク、メキシコのティファナ、カシミール地方のシュリーナガル。見事に人口密集地に来訪が起こったんだ。」

「そもそも来訪って、何なんです?」

「例えば沙那さんにとって、奇妙な事や不思議な事って何になる?」

「そうですね……突然人が消えたり、鉛が黄金になったり、怪我や病気が突然治ったり……あと、死んだ人が生き返ったり。」

「まあその例えは奇蹟の範疇に思えるけど……しかし、人が思いつく限りのそう言った”奇妙な事、不思議な事”が、おおよそ0.0008秒の来訪を挟んで、次々その都市群で起こっている事に住民が気付いたんだ。」

「なんで、来訪が0.0008秒に起こった、なんて分かるんですか?」

「その後、ゾーンの外に持ち出せた録画機器は研究機関で徹底的に調べられて、全ての機器の”ある一瞬”にノイズが確認出来たんだ。普通の動画は30分の1コマや、60分の1コマだったが、幾つかハイスピードカメラが回収されていて、それもノイズの瞬間は1200分の1コマに過ぎなかった、という事だね。」

「原因は何だったんですか?」

来訪者だと言われている。」

「だと、来訪者って?」

「仮説なら色々ある。宇宙人説、未来人説、先進国の実験の失敗、世界各国のハドロン加速器実験による高次元あるいは並行世界人、……確か地底人説、なんてのもあったな。」

「とにかく、人や知的生命体なんですね?」

「仮説に加えてそれも全く、証明のしようがない。ただゾーンが作られたのが沙漠のど真ん中や海洋のど真ん中じゃなく人口密集地だった時点で、何らかの”意図”や”意識”が有ったのは確実だと多くの研究者が言ってる。これも証明は出来ないのだが……」

「じゃあ、誰も来訪者に会った事は無いんですか?【青鷹】さんも【ヴァーミリオン】も。」

「ああ、明確に見た事は一度もない。」

「……でも、来訪者はまだゾーンに残ってる、というか、ゾーンには誰か住んでいるんじゃ?」

「いや、野生動物や虫の類も寄り付かないゾーンだ。有り得るとしたら、来訪者は俺たちの目には見えない微生物かナノマシンのような大きさなのかもしれない。あと数学者や物理学者が言うには、一つ次元が上がってる物質は3次元の俺達に認識や観測できない、という事だ。
 しかし俺としては、来訪者は0.0008秒の内に用事を全て済ませて、宇宙なり未来なり異次元なりに帰って行ったんだと思う。」

「それは【青鷹】さんの、直観?」

「うん、俺がゾーンをストーカーとして巡っていた頃の感覚だ。人がゾーンを打ち捨てて住むのを諦めた雰囲気は誰にでも感じられるが、俺には来訪者もその土地を打ち捨てて、その残滓がただ無作為に取り残されてる空気を感じていたんだ。」

「あの……初めて帰って来た時にも話しましたけど、【青鷹】さんはゾーンで”視線”を感じた事は?」

「それは殆ど経験が無い……例えば他のストーカーと探索がバッティングした時にこちらを見張ってる眼とか、客に無干渉主義者が混じっていて、生成物を持ち去ろうと虎視眈々と狙っていたレアケースだ。」

「そうですか……住民から見張られているような感覚、【ヴァーミリオン】からも否定されました。」

「流石に住民の存在は有り得ないと思う、が。俺や【ヴァーム】と沙那さんは経験だけじゃなく性別や色んな物が違う。そういう内的要因が原因なのか、他に原因があるのか今度調べてみよう。」

「ありがとう【青鷹】さん。でも、遺体が次の探索では消えてたり、夜間に明かりが点いてたりと、何かが住んでるなら全部説明つくんですけどね。」

「しかし人はゾーンでは生き延びられない。カシミールでの人民解放軍の話───カシミール事変は知っているだろう?」

「はい、概要は学生時代に授業で。」

来訪直後、中国は即時、和平を無視してカシミールのゾーンに20万人規模の人民解放軍を派遣して制圧に乗りかかった。当時はまだ、ゾーンに入ると通信や観測に時差が発生すると知られて無い時期だ。
 おおよそ一週間、20万人の師団は音信不通になり、その後全くの無傷でゾーンの外に出て来た。そしてその軍隊は無差別に殺戮を開始した、中国、インド、パキスタンと国籍も人種も無関係に。
 3か国全てが軍隊を派遣して制圧に挑んだが、ゾーンから持ち出された生成物も用いた20万人は次々正規軍を駆逐、しかも彼らは文字通り五体バラバラにされるまで戦い続けた。連中の家族親類が説得に何度も向かったが、それも交渉する前に問答無用で殺された。
 結局、最後の一兵が稼働停止(と表現した方が良いだろう)するまで、5~6000万人の人間が犠牲になった。」

「はい、それがカシミールの国連軍による封鎖。中華人民共和国の分裂、最終的には国際的にゾーンと生成物を管理する<軍産共同体>の創立と国際連携になった、と」

「特に、”軍人・軍属”と呼ばれる人間達は、ゾーンでの生存率が極端に低い上、カシミール事変の様な生成物による大量殺戮もその後何度か起こった。今では軍産共同体も、階級システムだけ残したまま”民間研究員”としてゾーンに人間を送る方式に切り替えている……軍人がゾーンでどうなるかは、確か沙那さんも……」

「はい、最初の侵入の時に。」

「そういう目に見えない謎のルールでゾーンは満たされているんだ。<ブレスレット>を持ち帰る時も一人が持っていけるのは2つまで。過去に何十個も持ち帰ろうとしたストーカーがいるが、心臓麻痺や大動脈乖離でゾーンの外に出てからすぐに死んでいった。」

「……つまり【青鷹】さんが言いたいのは、ゾーンの罠や生成物に加えて、そこを支配するルールも人間の知性や領分を遥かに超えてる、と?」

「そう、ゾーンはただそこに”在る”だけで、こっちの都合や理屈を一切汲み取ってくれない。ただ人間は今まで犠牲の上に積み重ねた経験と教訓を使って、デリケートにゾーンに接するしか方法がないのさ。」

「……その先に<黄金の球>もあるんですかね。」

「<願望機>の都市伝説か。それも【ヴァーム】に話したのかい?」

「いえ、荒唐無稽と怒られそうで彼には聞けませんよ。」

「沙那さんは賢いな。存在も仮定なのに能力も仮定な生成物なんてものに思考力を使うなら、すぐ利益になる現実的思考に使え、と言うだろうからな【ヴァーム】なら」

~~~~~

   極東ゾーン南西<運動麻痺地区>駅前通り

 残されたのは一人の人間の膝から下、靴とズボンの裾の部分。
 メディアに祭り上げられた男、丸山央一が地上に残していったのはそれだけだった。周辺は血まみれだが<剃刀カーテン>に切り刻まれた肉片や所有物は、目視で確認できない程のサイズで血液に交じりこんでしまったのだろう。ただそれらが放つ異臭だけはゾーンも消し去る事が出来なかった。

「さっきまで喋って、歩いていたのに……本当に死んだの?」

「ああ、そうだな。」

 俺は<剃刀カーテン>に気を付けながら、手持ちのライトも使い残った足の部分を確認する。おそらくこの靴が丸山の死の証として、ゾーンに残っていくのだろう。
 女の方は顔から血の気が引いて放心している。

「死んだ……子供も居るのに、知名度もお金も有るのに……子供……家族……ねえ、家族に何か遺品を形見にもっていかないと……」

「それは出来ない。目的物や安全なもの以外はゾーンから持ち出せない。」

「え……じゃあ、普通の一般人がゾーンで死んだら……」

「全てのケースが行方不明者扱いになる、7年で死亡者扱い。それはここに来る前に全て説明しておいた通りだ。」

「でも、でもこんな死に方で……私たちが知らせなかったら……誰にも知られずにこんな酷い……酷い死に方……」

「俺たちは生きて帰って家族に知らせる。そして分け前も家族に届けてこの男の願いを叶える。」

「嫌よ……酷い死に方で……家に帰れない……あたしは夫に見捨てられたくない……
見捨てられたくないだけなのに!嫌ぁ!!」

 一瞬、遺体に気を取られて美由宇から目を離したのは悔やんでも悔やみきれなかった。
 感情を爆発させた彼女は、大きく身をよじった、そしてその指先が……

「熱ぃ!!!」

「待て!それ以上動くな!」

 彼女が身をよじって触れたのが、フェンスの上に連続で灯った明かり。
 <消えない蝋燭>だ。
 通常の火は皮膚の表面に火傷や煤を残すだけで、人体の何処かが燃え上がる、という事はまずありえない。しかし<消えない蝋燭>の炎は紙や衣服のみならず、人体そのものにも簡単に引火し、燃焼スピードは遅いが消える事無く引火物を焼き尽くす存在だった。

「嫌ぁ!死ぬのは嫌ぁ!!!あなたぁ!!!」

 そう言って、フエンテス美由宇は恐怖と火傷の痛みで意識を失い昏倒した。大きな火傷や古代の火刑は人にとって最も激しい痛みだと言う。
 俺は彼女の近くに駆け寄ってすぐさま抱き起す。単純失神―――そして<消えない蝋燭>が燃え移ったのは……左手の小指と薬指。胸は上下して、呼吸と心音に問題が無い事も確認する。
 そして何より彼女には生きる意志があった。
 俺の身体が訓練されたように俊敏に、尚且つ燃え続ける女の左手に触れないように彼女を抱えて、<剃刀カーテン>の目の前まで移動した。
 完全に昏倒しているが、念のために彼女の口を塞ぎ、身体を上から押さえつけてしっかり固定する。

 そして俺は、フエンテス美由宇の左腕を<剃刀カーテン>に突っ込んだ。

**

 帰りの車に辿り着き、助手席のシートベルトを俺が付け固定させてからも、彼女は嗚咽をその口から漏らし続けていた。
 俺が一人で生成物を持ち帰って、帰還するために駅前の彼女を背負おうとした瞬間に、意識を取り戻した。

(左手が!私の左手が!赤ちゃんだけじゃなくて左手も私から奪って!!)

 確かに、<子安貝>は彼女が倒れてる間に手に入れてはいた。が、それで妊娠する能力が100%戻る保証は何処にも無かった。ゾーンの生成物が人間の思い通りの性能を発揮するわけではない。
 そもそも、不妊の原因が彼女の方だったかも、俺には定かではない。

(ねえストーカー。あたしもあの男の様にここで殺して。置いて行って。)

 悪いがそれは出来ない。

(もうあたし、旦那に捨てられそうなの。期待通りに子供も産めないんだもん。そして左手も失くしちゃった。迷惑かけるだけだもの。)

 あんた、それ旦那に直接聞いたのか?子供を産まなきゃ捨てられるとか、あとは左手が無くなったら捨てられる、とか。

(聞けるわけないじゃない!でも、愛されなくなる理由は同じでしょう?あの人と一緒に居られないなら死んだ方がましだわ。)

 子供も財産も名声も持っていた男は、自分が操られて自由意志が最初から無かった事に気付いて死んだ。そして世の中には子供どころか家族が誰一人いなくても気楽に生きてる連中は山ほどいる。

(……何なの!?あたしにも自分を騙して、嘘の中で生きろって言うの??)

 いや、少しばかり辛辣な事を言わせてもらう。
 今までのフエンテス美由宇って人間が、自己欺瞞と自己解決で出来てて、旦那や……あと”世界”に真実を確認しないで生きて来たんじゃないか?
 あんた、本当に欲しいのは子供か?左手と比べて、残しておきたいものは何もないのか?

(………)

 そして、彼女はそれから俺の背中で嗚咽を押し殺しながら震えていた。
 山道に差し掛かる頃にはうっすら夜も白んで来て、早朝の巡回部隊を警戒した俺は足早に車へのルートを急いでいた。

(ねえ、丸山央一は……どうして何の悔いも躊躇いもなく身を投げ出したの?子供の為?)

 俺にも定かな事は言えないが、追い詰められて打つ手が何も無くなった中で、希望を見出したのだろう。本当は全ての希望を失い死んでいくのが軍産共同体のシナリオだったとは思うが、何の事はない、選択肢を持った人間は、それなりに幸せなものだ。

(……あたしの選択肢)

 それは、そこからは、あんた次第だ。帰ってから、旦那と話す時間は十分あるんだろう?

~~~~~

   私立カルコサ大学記念病院・上東京市
   遠山 沙那            18歳 私立病院勤務准看護婦
   杉坂 九十九(すぎさか つくも) 19歳

「それで、そのフエンテス美由宇という女性はどうなったんだい?」

 日なたのベンチに座ってる私の横で、車椅子で詩集を読んでいる彼、杉坂九十九が視線を動かさずに私に話しかけた。

「うちの病院……つまりここね。ゾーンから持ち込んだ<子安貝>を使って目下実験的な不妊治療の治験中。概ね順調という話ね、でも……」

「でも?何だい?」

「旦那さんの方から『頑張って駄目だったら養子を貰おう。君の本心を聞けずにいてずっと御免。』だって。」

「そうか、ゾーンで左手を失ってやっと話せたんだね。それにしても大きな代償だ。」

「いえ、心を開けなかった人間にとっては等価交換よ。」

 私は無意識に微笑んでいた。九十九がそれを指摘する。

「君の言う【ヴァーミリオン】や【青鷹】もそんな風に笑うのかい?……長い付き合いになるけど、ここ最近はまるで別人みたいに話すし、笑うね。」

「そう?」

 彼はいつの間にか、詩集から私に視線を移していた。二人の顔を夏の風が撫でる。
 彼は詩集を膝の毛布の上に置いた。その手首には<ブレスレット>が輝いて、音叉の様な共鳴音を響かせている。

「そういえば、丸山さんの子供の方も助かったんだろう?

「そうね、子供は助かったわ。」

「子供は?奥さんも元気そうに大手メディアの配信に出てるんじゃない?」

「……【ヴァーミリオン】は生成品を持っていった時に忠告したらしいけど、一度バックに連中が付いたら手放してくれないみたい。子供の完治は奥さんが強引に通したらしいけど、今度は”英雄的な夫を失った妻”という事で利用されるみたい。」

「それは悲しいね。」

「悲しいわ。」

 私たち二人は押し黙った。
 暫くして、九十九が沈黙を破り私に質問する。

「そういえば沙那。<願望機>は見つけられたかい?」

「いえ、誰も何も教えてくれないわ。本当に存在しないのかも。」

「そうか……君から聞く話といい、ストーカーって言うのは口車も相当なんだね。<願望機>は必ずあるんだ。そこは、ストーカー達にはぐらかされているんだね。」

「うん、九十九が言うならそうかもしれないけど……今は【ヴァーミリオン】や【青鷹】、あと他のストーカー達から生き延びる術を学ぶのに必死なの。その<願望機>みたいなモノは、もうちょっと待って欲しいの。<ブレスレット>も上手く機能してるし、今までの資金も……。」

「うん、それならしょうがないね。わかったよ。」

 また、二人とも沈黙する。
 こういう時に【青鷹】さんの様な雄弁さが羨ましくなる。緋崎と一緒の時とは違って、九十九と一緒の時の沈黙は気まずくなるんだ。何故だろう。
 そして決まって九十九、彼が沈黙を破って来る。

「今回のゾーンの話、【ヴァーミリオン】から直接聞いた?それとも伝聞?」

「仕事の後、【青鷹】に【ヴァーミリオン】が報告する時に同席して聞いたの。」

「丸山央一とフエンテス美由宇か。不思議だよね、【ヴァーミリオン】と沙那の方が自由で”持てるもの”に見えてくる……両足を失った【青鷹】すらも。彼の話し方が上手いのかな?」

「私はともかく、【ヴァーミリオン】と【青鷹】は外で見るどんな医者や政治家よりも飛びぬけた存在だと思う、私の主観だけど。」

「そうか……うん、まあそうか。」

 私たちの位置から、大学病院の正面玄関が見えていた。日差しの当たる昼下がりの庭園。
 玄関から男女二人組が寄り添って出てくる。背の高い方の男性は外資系のビジネスマン風。そして深く帽子を被った女性の方は、手首あたりから左手が無かった。

「あの女性が、フエンテス美由宇さん?」

「うん、そうよ。」

「二人とも、笑ってるね。」

「うん、笑ってる。」

「不妊治療、順調なようだね。」

「うん、私もそう思う。」

 私は依然見た彼女の追い詰められた雰囲気が消え、まるで別人の様になったその表情を、深くかぶった帽子の奥に見ていた。九十九もその二人の様子をまじまじと見ている。
 彼は私の方に目を向けず、私に語り掛けた。

「もしかして彼女は……いや、彼女と丸山央一の二人は、〈願望機〉まで連れていかれたのかな、【ヴァーミリオン】に」

「!?、……それは無いと思う。彼女は左手を、丸山は命を失ったのよ。」

「……僕の、勘違いかな?」

「おそらく勘違いよ。」

「うん、そうかもしれないね。わかったよ。」

(case1.完)

拓也 ◆mOrYeBoQbw


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