【Effectorz】序章・瓦礫の楽土(2/3)
軍産共同体・上東京市研究所管制棟、日本
谷地戊 閏(やちぼ じゅん) 36歳 軍産共同体配属・陸曹長
[フライヤーの準備は二機とも終了しました。分隊10名の防護服、およびアサルトライフル、7.62㎜機関銃のチェック及び武装も終了しています。]
画面に低空を浮遊走行できる7人乗りのオープントップ運搬ユニット”フライヤー”二機と、整列したゾーン専用防護服の兵士が並んでいた。
防護服は、いわゆる宇宙服と対NBC防護サラトガスーツの中間くらいの優秀なもので、武器の使用の他ほとんどの作業もこなせるコンパクトさに加え、外気もフィルター式とエアボンベ式の併用で多くの有害物質を遮断可能になっている。
更に簡易動力も内蔵されていて、普段より重い装備品や拾得物、あるいは人間なども楽に持ち上げられる、ストーカー達も羨む様な代物である。
軍用の迷彩カラーリングの差はあるがフライヤー、防護服いずれも軍のモノと研究所とではなんら変わらない。ただ火器が軍は89式小銃と62式軽機関銃、一方研究所ではH&K社のHK13小銃&軽機関銃を携行している。ただ、研究所の人間はゾーンに火器を持ち込む愚かな事はしないのだが……
「画像で送った通り相手は二人、しかも立ち止まりながら微速で移動している。生死は問わん、確実に生成物の持ち出しを阻止しろ!」
研究所の新司令は、前任の陸軍の気分が抜け切らない口調で分隊の兵士達に指示を与える。
研究所のオペレーター達は通話回線の確保や画像データの送信を行った後は、既にこの浮足立った司令を無視して、通常の業務に戻っていた。
まあ確かに、自滅が目に見えた上官に関わった所で、職員は被害は被ってもプラスになる事は何も無い。……何も無いのではあるが。
「閣下、差し出がましいとは思いますが。」僕は口を開いた。「ゾーン未経験者のみでの侵入は無謀です。更に過去のデータを見ると部隊や軍人の生還率は極めて低いというのもあります。今からでも境界部の警戒監視に変更しては?」
「陸曹長、くどいぞ!名前と所属を言え!」
「はい、フィールドワーク部門実働一課13班班長、谷地戊閏陸曹長であります。」
「君は初めてゾーンに入ってから、何年になるね?」
「実働部隊でゾーンを探索するようになってからは9年という所でしょうか。」
「ならば、来訪から20年、国家と共同体がどれだけの犠牲を払ってゾーンに対する知識とノウハウを得て来たか十分理解してるだろう?軍の特殊部隊も有事に備えてゾーン内でのシミュレーションを繰り返しているのだよ?」
あくまで模擬は模擬だろう、と瞬時に頭の中にそんな言葉がよぎる。
日本や共同体のみならず、各国は6か所のゾーンの地形を来訪前のデータからコピーして特殊部隊に戦闘訓練を受けさせ専用装備を開発している。
しかしそれが何だと言うのだろう?
ゾーンに国家戦力やスパイによる特殊部隊を配置して占領しようという試みは何度か行われてきたが、いずれも失敗に終わって来た歴史がある。
新司令は言葉を続けた。
「仮に一人や二人負傷しても、フライヤーには緊急帰還ナビゲーションがある。緊急用のボタン一つで完全に安全なルートを辿って元の入り口、という流れだ。
これの何処に危険があるというのかね?」
このわめき散らす男の背後で、数人のオペレーターが僕に目配せをし、首を横に振っている。
ゾーンを普通の戦場か何かと勘違いしている司令官は過去に何度も配属されたが、ベテランの研究員たちはその末路を何度も見てきていた。
確かに軍の装備は研究所よりは遥かに装備も戦力も整っているが、都市の制圧能力とゾーンで生き延びる能力はまるで別物だった。
僕は、この新人上官に最後の警告を告げる。
「研究所の施設内の行動や会話は全て録音・録画されています。お気を付けを……」
「そんな事は言われなくても解っている!大丈夫だ要はストーカーを跋扈させない事が何より国家や共同体の為なのだ。」
会話はそこで止んだ。
僕はモニターに映る準備中のフライヤーと分隊の様子を確認する。よく訓練された部隊だ、ゾーンの基本演習を受けているのならエリートなのだろう。
ゾーン内とこちら側ではリアルタイムの交信は不可能なので司令は細々とした命令を矢継ぎ早に伝達している。この特有の通信障害が捜査式の遠隔ロボットや外側からのリアルタイム監視を阻害し、自動式ドローンによる録画・収集も運よく帰還した時に得られるかどうか、という所だ。
画面に映る、ゾーン境界部に設置された建物に二機のフライヤーは入って行った。建物は多重の障壁ゲートによってゾーンと外界を隔離している。
フライヤーには物々しい機関銃と弾倉がセットされているが、その銃弾はストーカーに届くのか、それとも何処に向かうのだろうか?
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極東ゾーン北東地区<宝飾店>、日本
<宝飾店>、と言うのはいわばストーカー達の呼ぶ通称や隠語の様なもので、その建物は工業地帯にありがちな、古い工場の跡地だった。
私では流石にこの工場が来訪以前に何を作っていたのか判別し様がなかったが、プレス機や旋盤、それらを制御するための操作パネルを見て、金属加工を営んでいたのはなんとなく想像がついた。
さっきの燃え上がるアスファルト<火の綿毛>を迂回してからは<宝飾店>まではスムーズな道のりとなった。
緋崎は道路わきの側溝の溝を確認し「大丈夫、以前来たままだ」とつぶやいた。それから建物の細い路地を抜け、通りを二本横切り、この<宝飾店>の正面まで到達した。そのかつての工場は扉は開け放たれ、正面の門からでも中の様子が観察できた。「門の前で少し待機していてくれ。」彼は私にそういうと、建物の中ではなく周囲をゆっくりと偵察し始めた。
「<ブレスレット>はこんな所にあるんですか?」
「ああその通りだ。ただここにあるのはそれだけじゃない。」
緋崎は、建物と道路を遮る塀の元を確認しながら、ゆっくり歩みを進める。
ストーカーにはゾーンの生成物や死の罠を嗅ぎ分ける能力でも持っているのだろうか?歩きはゆっくりながらも、彼の目的物の所にほぼ一直線で辿り着いた。
「沙那、こっちに来て見てみるんだ!」
私は呼ばれた所に、彼の足跡を辿って辿り着いた。
塀と地面の境目に雑草が生えていて、それに幾分隠れて、黒光りする直径5~6㎝
の球体、明らかに自然の造作には見えない物体が転がっていた。
「<ムズムズ>、だ。扱いは難しいが、医療機関や闇医者に売りつければ金になる。病院勤めで見た事はないか?」
「いえ、こんなのは見た事がないですよ。」
「医療で使う時は数グラムに小分けして使われる。仮に、量を間違えても死ぬ事は無いと思うが、取扱いを間違った場合は気分が良いものじゃない。」
「これ、写真に撮っていいですか?」
「大丈夫だ、手早くやってくれ。」
私はデジタルカメラを取り出して画像を撮った。<ムズムズ>、名前は聞いた事がないが、病院では別の名前で呼ばれているのだろうか?
念の為、緋崎の身体より前に手を出さないように注意して<ムズムズ>を撮り終え、カメラをしまう。彼も<ムズムズ>から1m程度の距離を取り、慎重になっているのが分かった。
「撮り終わりましたよ」
「そうか、この<ムズムズ>は衝撃や変形ですぐ発動する。その代わり、遮断が容易なので注意すれば問題なく持ち出せる」
彼は懐から銀色のシートを取り出す。アルミホイルにも見えるが素材は一体なんだろうか?
「金属のシートなら触っても大丈夫だ。和紙に銀を吸着させた破れにくい物を使う。」
彼はそのシートを上から<ムズムズ>に被せ、まるで外科医ようなの鮮やかな手際で黒い球体を完全にくるんでしまう。
包み終わると無造作にそれを持ち上げ懐にしまう。
「沙那は好奇心が強い、と昔から言われるか?」
「え?どうしてですか?」
確かに緋崎が指摘した通りだった。
「いや、何を見ても今の感じで、目を見開いてじっと見るからだ。」
「気になりましたか?すみません……」
「いや、ゾーンの中では良い事だ。グループで収集したものは、売るにしても現物を分けるにしても等分する。死んだ奴がいれば遺族や恋人に届ける。
独り占めや、あるいは生成物を破壊しようとする無干渉主義者を見極めるのは重要だ。」
「でも、観察されるのは【ヴァーミリオン】、不快じゃないんですか?」
「ゾーンで生き延びる、あるいは長生きする連中の特徴だ。ただ好奇心が強いやつが必ず生き残る、とは限らないが……よし、周りにはあと何もない、行こう。」
私は緋崎の指示に従った。
そして私は背後を、そして誰もいない建物の周囲を確認する。
ゾーンに入ってからずっと、背後や路地の奥、建物の影から誰かに見つめられてる感覚がずっと続いているのだ。
<宝飾店>の屋内は、屋外でイメージした通りの廃工場だった。
パイプや廃材が無造作に積み重なって、砂地剥き出しの地面には用途の解らない金属片や旋盤の削り屑が散乱していた。
「奥にコンテナがある……見えるか?あそこだ。」
緋崎は工場の奥を指さす……あった、扉の開いたコンテナが並んでいる。
緋崎も私も小走りでコンテナに向かった。中には工業製品の完成品、下請け工場の作るような部品がストックされていた。
「沙那の目的の<ブレスレット>は、これだ。」
私はそれを手に取った。
綺麗に磨かれた直径15㎝ほどの金属のリング、比較的大きなエンジンか何かに使われる部品なのだろう、私の手に二つ、そしてコンテナの棚には100個以上はストックされていた。
「一人が持ち帰られる数は二つ、それ以上は駄目だ。腕に付けて運ぶ。」
「はい。」
私は理由も聞かずに従う。彼は更にコンテナの棚を物色していた。
「こっちの黒い粒が<黒い飛沫>、変色した赤い石が<血の結石>、半透明になったナットやねじが<水晶鉄>だ。<ムズムズ>や<ブレスレット>と違って人体に影響を及ぼさないし、医療の役には何一つ役立たないが、好事家や宝石商にはどれも40万から80万で売れる代物だ。」
そう言って、彼自身で用意した小袋にそれらの生成物を詰め込み、自分用と私の持ち帰る分を準備し始める。
「あの、聞きたい事があるんですけど。」
「ああ、手短かにまとめてくれ。」
「メディアの動画で見るゾーンから帰還した人々・・・・皆、軌道ステーションやロケットから帰還したみたいな、宇宙服着てますよね?」
「ああ、防護服だな。」
「なんで放射線も有毒ガスもないゾーンであれだけの装備が必要なんですか?さっきの燃える地面も迂回すれば危険はないのに。」
「人命第一、が国家や組織の建前だからだ。防護服を着ようとここでは人は簡単に死ぬ。しかし、ゾーンとその生成物無しでは最早人類の文明ってのは維持できない。
そのジレンマの帰結が防護服を着てフライヤーに乗った研究員たち、という事だ。」
「実際、私たちも危険を冒してゾーンに入り込んでるわけですしね。」
緋崎は<黒い飛沫>、<血の結石>、<水晶鉄>の入った小袋の数を確認した。
「……よし、半分は沙那が持っていくんだ。<ブレスレット>以外は外に出て俺が金に換えて折半するが、持ち出す時は等分して持っていく、それが一応のルールだ。」
彼は半分を折り畳みのサックに積めて右肩に背負った。スーツ姿に見えた彼の服には、この探索に必要なものがコンパクトに収納されていたようだ。
私も手早く生成物をバックパックの中に詰める。そして腕には2つの<ブレスレット>。
「あとは、元来た道をそのまま帰還する。ゾーンの危険は来る時よりかなり下がる。
軍産共同体のパトロール隊に出会わない事を祈るだけだ。」
「はい、わかりました【ヴァーミリオン】」
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極東ゾーン北東地区・研究員宿舎、日本
個室に戻った僕は、そのままとりあえずベッドに横になる。こういう時に個室が有るというのはありがたい。
軍部の方では下士官クラスの曹長、軍曹、伍長でも二人部屋だが、研究部門所属の研究員は概ね二階級上の扱いだ。陸曹長の僕は、軍の中尉待遇となり個室が貰える。
将補は僕が管制室から戻る30分前には部屋に引き上げていた。顔面蒼白になり、先刻の饒舌が鳴りを潜め、重くなった全身を部下に支えられながら。
ゾーンに始めて入った人間は必ず饒舌になるか震えて動けなくなってしまう、そう言ったのは【ヴァーミリオン】だったか老【青鷹】だったか、それともあの男か。それが安全な場所で指示していた人間にも共通するというのは初めて見たケースだった。
将補は自分の個室で、荒れて狂っているのだろうか?それとも泣き叫んでいる?まだ震えて椅子の上で固まっているのだろうか?
軍の分隊で生き残ったのは二人だった。フライヤーの片方は失われた。
自動帰還した機体には<挽き肉機>にやられた4人が横たわっていたが、その内の二人が辛うじて命をとりとめた。(続く)
拓也 ◆mOrYeBoQbw
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