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名作コラム・ウェルズ「盲人国」 ~盲人の国では隻眼でも王様、なのか?~

 今回の名作コラムはH.G.ウェルズ作品から、『透明人間』でも『タイムマシン』でも『宇宙戦争』でも『モロー博士の島』でもなく、中期の傑作短篇『盲人国』を取り上げようと思います。
 以前取り上げたコリン・ウィルソン『アウトサイダー』の第一章のタイトルにも取り上げられた作品であり、1905年頃に発表された作品です。私の持つ底本は岩波版『タイムマシン・他短篇』に収められているものです。

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 まずは”絶望の詩人”ウェルズの姿をつまびらかにしていきましょう。
 SF作家やあるいは幻想作家としての認識が強いウェルズですが、読書家でウェルズ作品を実際に何作も読んでみると、直ぐにウェルズのアフォリズム作家やダークサイド文学の側面に気付くと思います。
 例えば、『透明人間』は透明になった事による障害の為に不自由さが山積していきますし、『タイムマシン』は最初の目的だった恋人の命を救えないばかりか更なる悲劇が語り手に降りかかります。
 初期作品を経て中期に書かれた『盲人国』は更にその要素を強めていまして、全体のあらすじは、


 アンデスの隔絶された山奥に、感染症で全ての住人が盲目になっている国がありました。住民は全て盲目でしたが、その土地はとても食料と資源に恵まれていたアーコロジー(循環完結都市)で、100年以上反映していました。
 そこにアンデスに住む一人の男が、滑落によって迷い込みます。男はこの場所が伝説の盲人国と判り「盲人国ならば隻眼でも王様である」と思い、自分が目が見える事を住人に説明するが、生まれついて盲人である住人は誰一人男の言う事を理解せず、逆に迷い込んだ狂人扱いされます。
 実際、盲人国は盲人の住人が住むために完全に最適化されており、視覚がある男には不便な土地であり、聴覚、嗅覚、触覚の発達した住人にとっては何一つ不便の無い構造となっています。
 下僕として働く男は、一人の美しい女性(盲人国では醜女扱い)に恋をして結婚を申し込みますが、住人が定めた結婚の条件は”目玉を潰す事”。悩んだ男は、盲人国から逃げだす事で物語を終えます。

 と、SFや幻想要素よりも不条理性を強めた作りになっているプロットです。
 20世紀に入りヨーロッパが暗い時代に突入し、政治も宗教も信頼を失いつつあった時代、反ユートピア=ディストピア的なモチーフがカフカをはじめジョセフ・コンラッド、G.K.チェスタトン、少し遅れてエヴゲーニイ・ザミャーチンなどによって描かれはじめました。
 つまりは、人々がこの時代に入り自身らの”無知と盲目”に興味を持ち始めた徴でもあります。
 特に欧州は教会批判の面が強くそこは日本人に馴染みが薄いわけですが、ウェルズの場合は科学やSFに置き換えて解り易い形式にして描き出します。

 『盲目国』の主人公が目が見え、住人たちが目が見えない、というのは一つの事実です。しかしながら、”視覚”の概念が取り除かれた人々と主人公の間には、その点で一切の理解と共通認識が有り得ないわけです。
 主人公は一時、事実よりも目の前の生活の為に住人の生活に交じりますが、決定的な破綻(目玉か恋人か)によって逃亡を選びます。
 これは現実に言えば、ガリレオ・ガリレイの絶望や、過去に宗教裁判によって異端として裁かれた多くの学者など、厳然たる事実VS社会的調和を天秤に掛けてきた事を思い出させます。
 社会性や共同体の”見せかけ上の利益”の為に、(例え共同体の破滅を予見し様と)厳然たる事実は無視され、黙殺される(されてきた)・・・・ウェルズの場合は、これからも続くだろうという強いメッセージが、”逃避”という結末から読み取れる気がします。

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 さてもう一つ、この『盲人国』ととある作品を比較して締めたいと思います。
 H.P.ラヴクラフトの『アウトサイダー』です。
 こちらはゴシックホラーに分類される作品で、簡単にあらすじを言いますと、

 地底の居城に住み、物心ついてから一人暮らしで書物のみで知識を得た高貴な私は、思い立って居城から脱出して地上へと行く。
 そこで豪華な城の舞踏会に辿り着くが、会場は騒然とした雰囲気に包まれる。私は何事かと周囲を視ると、そこに一体、腐肉を纏った名状しがたい怪物が会場に立っていた。
 舞踏会の薄闇の中、私はその怪物の姿を確かめようとゆっくり怪物に手を伸ばすと、
 指先が当たったのは、磨き上げられた壁を締める、鏡の表面だった。

 と、こちらは自身が怪物だと知らずに育ち、地上に出る事によって自分の本当の姿に気付くという物語。
 一見すると「世界が病んでるのか、あるいは自身が病んでるのか」の差異にも見えますが、黙示的な内容に変わりはなく、日常や共同体の根源を破壊するという人間が作り上げた集団の脆さ、危うさを明示していると思います。
 ラヴクラフトの『アウトサイダー』はオイディプス王的要素を現代に復活させた名作ですが、ソポクレス『オイディプス王』には盲目ながら物語の結末まで全てを知り得る登場人物・預言者テイレシアスが登場するのも、盲目国~アウトサイダー~オイディプス王の繋がりを考えると面白い所です。

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 さて、『盲人国』において主人公は上手く王となる道はあったのでしょうか?
 答えはです。例え”視覚”の存在を苦心して住人に理解させ、見える自分が王になったとしても、”盲人”が国家のアイデンティティでありイデオロギーである盲人国は、その瞬間に消滅してしまうのが予見できるからです。
 ウェルズは20世紀に確立していくディストピアの先駆けでもあり、人と社会の持つ避けがたい問題を寓意で浮き彫りにさせた天才的な作家だったと言えるかと思いますね。
 では今宵はこのへんで(・ω・)ノシ

拓也 ◆mOrYeBoQbw


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