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占いと預言のジオメトリー Ⅳ.デウス・ソル・インヴィクトス

 円錐をシンボルとする神や宗教は古代から現代に至るまで様々に存在するが、その原初の一つとされるのが、シリアからローマにもたらされた、デウス・ソル・インヴィクトス(直訳すれば、不滅の太陽の神)という名の神である。

 シリアからローマにもたらされ、最終的にはゾロアスター教のミトラ信仰と交じり合ってその神格はミトラと同じものとして名前は消えていくのだが、元来はとある円形闘技場の中央に、黒光りする円錐の石柱が建てられ、そこに祝福の祭文が刻まれて居たという。

 円錐形のシンボルに対する信仰の原点は、宗教学や考古学の世界で色々語られている。
 例えば山岳信仰で山岳そのものを表してる、蛇神信仰で再生のシンボルの蛇がとぐろを巻いている姿、或いは男性原理の豊穣のモチーフとして・・・・

 しかし円錐形は更なる究極の姿を持っている。

 「この店はプーレ・ヴァレ・ドージュ(若鶏のカルバドス煮リンゴ添え)が美味いんだ」
 「追加して頼むかい?」
いいや、十分に頂いたよ私はこれで十分だ、君が楽しんでくれ。
 「そうかい、じゃあ・・・・そこのボーイ、この料理を頼むよ、あと白ワインも同じ物を追加してくれ」
 「・・・・しかし君がテルモピュライ社の買収から降りると言うのには驚いたね」
 「アジアの小国の1企業じゃないか」
 「資本力も経営基盤も僕たちとは文字通り桁違いに少ない、簡単なM&Aだ」

データは貰ったよ、たしか特殊な金属加工の会社だったね
 「うん、非対称結晶合金と耐熱セラミックの積層化に成功した所だ」
 「そりゃ歩留まりや生産単価はまだ莫迦高いけど・・・・」
 「宇宙事業や深海探査、何より儲けが見込める軍事産業が買い漁る素材だ」
 「専守防衛の小国には勿体無いだろう」
そんな素材じゃ、国が輸出制限を掛けると私は思うのだけど
 「何、あの国は所詮資本主義の力学が網を張った拝金主義さ」
 「僕らの財力と国連加盟国の圧力でどうにでもなるさ」
君が言うのだからそうなる可能性は高いだろうね、ただ今回は私は降ろさせてもらうよ
 「宇宙開発が大学時代からの君の夢だろう、確か軌道エレベーター構想だったか」
 「僕には途方も無い話にしか聞こえなかったが、これで現実に近づくんじゃないか」
 「なんで自分自身が関わろうとしないんだ」
それはそうだけど、今回の買収は乗り気ではないんだよ。

 「僕たちはもうバベルの塔の一つや二つ作れるさ、完璧な円錐形の・・・・」
 「君から見せてもらった軌道エレベーターの地上構造物も綺麗な円錐形をしていたね」
君は知ってるかい?円錐と言うのは少しでも形が崩れるとそこに圧力が掛かるんだよ
 「今出来上がるのはきっと完璧な円錐さ・・・・」
 「人類の技術ってヤツは、昔からの人類の欲望を満たすために発達してきたんだ」
それは特に否定しないよ、土レンガがコンクリートになり、そして金属に、今は複合材になったわけだね。
 「まあ僕はあくまで投資家だからね、採算の取れない事業に突っ込む気は毛頭無いが」
 「でも君は理想がある投資家だ」
 「この大型M&Aに乗らないか不思議でしょうがない、僕も君も敵対的M&Aで過去に何度も」
 「経営者や労働者、敵対する投資家を路頭に迷わせてきて」
 「企業も技術も手に入れたじゃないか」
 「僕たちは結局の所、バベルの塔を作る事を許された一握りの人間だと思わないのか?」

君がそういった考えを力に変えて投資家として成功してるのは解るよ、
でも私は思うんだ、私たちも結局は資本と社会というシステムの単なる断面だと

今、軌道エレベーターやバベルの塔の話をしたね、円錐は古代ギリシアで完璧な形とされた立体だ。
何故なら、水平に切ったら真円が出来る、僅かに斜めに切ったら楕円だ
今度は中心を垂直に切ってみよう、三角形が出来る、頂点を含まずに縦に切れば放物線、

私たちは真円に近い形で切り取られた断面で、
私たちから会社を奪われた人間は、放物線上に切り取られ落ちてしまった断面かもしれない。

私たちが辛うじて可能なのは円錐をどう切り取るかって選択だけで、
円錐そのものを作ったり、大小を決定する能力は備わってるわけではないんだよ。

 「・・・・僕には今ひとつ理解出来ない理屈だね」
 「ヒトの意思決定が無ければ市場原理なんて無いし」
 「そもそも人間の意志が無ければ人生の意義だって無くなるんじゃないか?」
 「断面が自由選択や意思決定だとしても・・・・」
 「僕はやはり、自分でバベルの塔を作らないと納得できないだろうね」
 「食事も美味かったし、なかなか興味深い話も聞けて満足だった」
 「今回の買収は僕一人でやる事とするよ」
 「気が変わったら何時でも連絡してくれたまえ」
私も楽しかったよ、次の機会にまた。

電話が遅れて済まない、大分話し込んでしまってね
 『お疲れさまです、それでテルモピュライ社買収の話はどうなりましたか?』
うん、彼の意思はなかなか固そうだね、今月の決算前に着手すると思うよ
ところであの情報の裏は取れたのかい?
 『はい、テルモピュライ社の積層素材は有志同盟国の要請で輸出禁止品目に』
 『企業も情報漏洩防止法の適用となり、他国の資本は制限される見込みです』
じゃあ手筈通りに事を進めてくれ
 『はい、彼がM&Aを宣言後に当社の保有する債権の全売却ですね』
 『しかし宜しいんですか?大学時代からのご友人のファンドを潰す事になりますが』
これが多国間の軌道エレベータープロジェクトに参加する条件だからね、
技術や企業を集約させるのに、彼のファンドが保有する債権&株式を放出して貰わないと困るんだ。
 『貴方はこの状況を、多国間開発を実現するのに彼を利用してたわけですね』

一概にそうとも言えないよ、もしかしたら私も同じく利用されてるのかもしれないし、彼は最初からシナリオと結末を知ってて、今夜私と食事をしていたのかもしれない。
最後のその時になるまで
私が円錐の造り手だったか、彼が円錐の造り手だったか、誰でも無い見えない存在が造り手だったかは
誰にも判別は出来ないだろうね。

拓也◆mOrYeBoQbw(初出2015.01.09)

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