【Effectorz】case1.案内人(1/3)
東欧料理店『ティトー』特別応接室・日本
緋崎 一都(ひざき かずと) 33歳 【ヴァーミリオン】
遠山 沙那(とおやま さな) 18歳 私立病院勤務准看護婦
ミロヴァン・ツィマーマン 54歳 【青鷹】
「今回の希望者は二人か。」
東欧料理店の応接室は大分豪勢な造りになっている。
何でもルーマニアか旧ユーゴスラビアにいた独裁者の邸宅をそのままレプリカにしたものらしいが、聞いた所によると中央のテーブルだけが、本来方形だったものからオーナーの【青鷹】の趣味で大きな円卓に変更されている。
【ヴァーミリオン】緋崎は二枚の人物リストを見ながら【青鷹】ツィマーマンと次の仕事の確認を行っていた。【青鷹】が円卓の丁度12時の席。緋崎は大体3時の位置に座り、私は彼の左側に座った。椅子の数は12席じゃなく13席有り、時計の時刻とは僅かずつ位置がずれている。
そして【青鷹】が座っているのは備え付けの椅子ではなく電動車椅子だった。彼は両足を太股の部分から失っており、現役のストーカーを引退し、依頼人とストーカーを取り持つ仲介役や、ゾーンから持ち帰って来た生成品を現金に換えるブローカーの役割を担っている。
【青鷹】が緋崎に話しかける。
「うん、日本人で男性の丸山央一と、もう一人はアジアとのハーフでフエンテス美由宇という女性。自己申告で得られた情報と、こちらで調べられる事はリストに全部書いてある。」
「どちらにも直接会ったか?」
「会った。」
「自殺傾向は大丈夫か?……まあ、あんたは報酬の事がメインなんだろうが。」
「安心してくれ。いつも通り自殺願望のある奴は弾いてる、あと無干渉主義者の傾向もな。ただまあ女性の方は多少深刻な雰囲気があったが……。」
「……まあ良いだろう、危なそうだったらゾーンに入る前に帰ってもらうだけの話だ。」
「ちょっと待ってください。男性の丸山っていう名前聞いた事がありますよ私。」
思い当って私はタブレットで検索をかける。
「著名人という事か。【青鷹】あんたホントに調べてるのか?」
緋崎は苦笑いの顔で【青鷹】を見た。
「心外だな……リストの最後の方にちゃんと書いておいたよ。」
「検索で出ましたよ、これです。」
私が出したのは、いわゆるクラウドファンディングのホームページである。
”丸山央一”というのはその一つの主催者で募金額は3億円、目的は子供の心臓移植、という事になっている。
「マスコミやネット動画にも多少露出してますが、医療関係なんでよく目が行くんです。確か子供は心筋症でバチスタ等の手術済み。それでも助からない進行度だったので心臓移植を、と言う話だったかと。」
「なるほど、この父親の目的は金かあるいは医療転用出来る生成品、という所か。」
「<ブレスレット>とか<ムズムズ>とかですね。心筋症の治療にも使えるんですかね?」
「……沙那、俺はストーカーであって医者や研究員じゃないんだ。持ち帰るだけで使い方はゾーンの外の人間次第て話だ。」
「はい、そうでしたね。」
私と緋崎の会話に【青鷹】が割り込む。
「【ヴァーム】それに追加情報だ。この丸山と言う男はワイドショーや討論番組で”医療関連のゾーン生成物の合法化”、”政府及び軍産共同体によるゾーン探索の情報開示”、”民間人のゾーン侵入の自由化”とかを訴えてる。病気で苦しむ数100万の子供を救うため、だそうだ。」
「そうか……主義主張は置いておいて、確かに目的意識が強いと自殺傾向は薄そうだな。」
怯えや恐怖、更に自殺傾向を持つと、その人物に”死神”が憑く。
私が数回のゾーン侵入で【ヴァーミリオン】から学んだ事だ。ただ大量の人死を見たのは最初の侵入の時だけ。
「だと、次は【ヴァーミリオン】と私を含めて、合計4人でゾーンに行くんですね?」
「いや違う、俺と新規の客二人の三人だ。」
「え……?」
「沙那は座学だ。【青鷹】にゾーンの知識を叩き込んで貰ってくれ。」
「私はもう【ヴァーミリオン】のバディかアシスタントだと思ってたんですけど……」
反論した所で、今の私の経験では彼らは折れないのは解っていたが、とりあえずはそう言い放っておく。緋崎は私のそぶりに気にせずに話題を変える。
「こちらの女性の方が問題だ。既婚女性で夫の社会的地位と収入も問題ないのに、ゾーンに入ろうとする理由は何だ?」
「おい【ヴァーム】、自分でさっき言ったろう。お前はストーカーであって医者でも、心理学者でも探偵でも無いだろう?」
「まあそうだな。意思が強ければそれで生きて帰れる可能性は高い、それだけだが。」
「そういう事だ、よろしく頼む。」
緋崎はファイルをテーブルの上に置く。
「ここ4回は沙那さんと経験者だけの侵入だったが久々の新規客二人、案内人【ストーカー】の本領発揮という所か。」
「生きて帰れるかどうかは、いつも変わらない。」
「スケジュールは何時にする?あと目的地だ」
「明後日が満月の夜になる。その時に南西の〈運動麻痺地区〉から港湾の【トランペット屋】に向かうルートだ。」
「境界部の、軍と研究所の監視を避けるルートか。」
「あと前日に二人に俺も会っておく。セッティングしておいてくれ【青鷹】」
「わかった。」
緋崎が席を立ったので私もそれに付いて行く。
【青鷹】が私たちに声をかけた。
「おいおい、一応ここはレストランだぞ。何か食っていくか?」
「今日は止めておく。また次回だな。」
「沙那さんはどうするね?」
「座学の時で……【青鷹】さんの座学の時に取って置いてください。」
「おいおい、師匠も弟子もつれないチームだな。」
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極東ゾーン南西〈運動麻痺地区〉境界部、日本
緋崎 一都 33歳 【ヴァーミリオン】
ゾーンの境界部への移動にフライヤーは使わない。その駆動音が大きすぎるからだ。
その点<適量>でモーターを動かす自動車は旧来のガソリン車と比較して殆ど無音と言って良いほどの静穏性がある。ストーカーがゾーンに侵入するのは常にこれだ、積載の余裕も車体のサイズに比べて、飛んでるフライヤーより圧倒的な効率だからだ。
後部座席に乗せている客は二人。
男の方は丸山央一36歳、だったか。会社員を辞めて心臓病の子供の為に様々な活動を行っている人物だ。雰囲気に深刻さは無く人当たりよく微笑んでる表情に見える。
もう一人、女の方はフエンテス美由宇。何処か怯えた表情をしてるが目は力強い、というのが俺の受けた印象だった。二人とも【青鷹】の用意した夜間迷彩の軍用ジャケットの上下だ。
偏光サングラスは夜の探索では使用しないが、念の為全員分用意してある。ゾーンに足止めされ一晩明かしての帰還や、あるいは数日路上で動けない可能性もゼロではない。さらに〈死のランプ〉を見つけた時も、運が良ければサングラスで助かるかもしれない。
俺は検問を避けるルートで、いつも通り〈運動麻痺地区〉の境界部に夕暮れの中向かっていた。途中からは当然山道となり、正規軍や研究所のフライヤーでも監視困難な山中へと進む。
「これが〈適量〉の自動車なんですね。高級車では街中で見た事あるんですけど、SUVみたいなのでも対応してるんですね、幾らですか?」
話しかけて来たのは男の方だ。
「いや、市販の燃料電池車を改造したものだ。下町の工場では引退したストーカーがこの手の改造をやっている。」
「そうなんですか……これも規制緩和すれば当局も業者も儲かってwin-winなのに、なんで頑なに規制して市場じゃ一千万を超えるんでしょうねえ。」
「さあな。俺の管轄外だ。」
男の方がゾーンに近づくにつれ口数が増えて来た。
ゾーンに初めて侵入する人間は、やたら口数が増えるか、震えだして動けなくなってしまうかが大体のケースだ。いや、その両方の場合も結構多い。
女の方は窓の方、流れる景色をじっと見つめている。
東南アジアの血が混じってるので、日本人の顔立ちに大きな瞳、ぽってりした唇が特徴的な、まあ美人と言って良いだろう。ただ、その表情は常に特有の憂いを帯びている。これはある種の悩みを抱えた女性に共通する表情だと、俺は経験上記憶していた。
昨日の直接のミーティングで、二人の目的物は決まっていた。丸山央一の方は<豚の歯>、フエンテス美由宇の方は<子安貝>だ。見つからなかった場合、<ブレスレット>か最悪金になる<黒い飛沫><水晶鉄>あたりで手を打ってもらう事になるだろう。
「あんたら、二人。昨日話した通りの目的で間違いないんだな?ゾーンに入ってからあれこれ余計な行動をされたら、俺たちは全滅する事になるからな。」
「ええ、私は子供の心臓病を治すか、あるいはクラウドファンディングが集まるまでの時間を稼げれば。」
「あたしも変更はないわ。理由は……昨日言った通りよ。」
「わかった、了解だ。」
車は山道から林道に入り、程よく駐車可能なスペースに停車する。
ゾーンとの境界は目と鼻の先で、ここから歩きで侵入、山を下ったら都市部へと変わる。
俺も夜更けに備え、ライトを準備して、ジャケットのポケットの中身を普段通り補充した。
「いやあ、都会と違って山は空気が良いですねえ。」
「本当ね、ゾーンもこんな澄んだ空気の所なの【ヴァーミリオン】?」
「ああ、ここら辺の空気もゾーンと同じ臭いがする。
地獄の空気が吸えるならきっと同じ味だろうな。」
俺たち三人は、それから黙って行軍の準備を進めた。
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東欧料理店『ティトー』特別応接室・日本
遠山 沙那 18歳 私立病院勤務准看護婦
ミロヴァン・ツィマーマン 54歳 【青鷹】
「じゃあまずは何から話すとするか?」
「それなら、来訪と来訪者について是非。【ヴァーミリオン】や【青鷹】さんは来訪者に出会った事があるんですか?」
「そうだな……来訪や来訪者の話は説明が難しい、もう少し後にしないか?」
「わかりました、他の事なら良いんですか?」
「出来るだけ教えよう。」
「じゃあ、<蚊の禿>って何ですか?初めてゾーンに入った時に、軍隊の銃弾が一発もこちらに飛んでこなかったんですけど……」
「それなら説明できる。
<蚊の禿>は、学者が”斥力レンズ”と呼んでる現象だ。」
「それはどういうものですか?」
「宇宙にブラックホールと言うのがあるだろう、何でも吸い込んでしまうやつ。あれが強力な重力って力で出来てるのは知ってるか?」
「はい、学生の頃に聞きました。」
「その、重力と真逆の力、なんでも跳ね返す”斥力”というのも宇宙に結構存在するらしい。その斥力がブラックホールの様に集まってるのが<蚊の禿>になる。」
「その、私たちが助かった時、【ヴァーミリオン】はナットや小石を投げなくても、<蚊の禿>のぴったり真後ろに立ったんですよ、不思議でしょ?」
「それは<宝飾店>の手前の中央分離帯じゃなかったか?」
「すごい!【青鷹】さんも何で場所が判るんですか?」
「ああ……そこは【ペルシャ猫】レイラが死んだ場所だ。分離帯の地面の上に目印のピアスが落ちていたはずだ。」
「そうでしたか、亡くなったストーカーや兵士の痕跡はそのまま残るんでしたね。」
「うん、生き残ってるストーカー達は仲間の死んだ痕跡で危険を回避する。時間の感覚や方向感覚が探索の途中でゾーンに狂わされても、その痕跡だけは確実だとストーカー達は学んできたんだ。」
「じゃあ、一度行った場所は安全に往復できる?」
「まあそうとも言えない。ゾーンは気まぐれで乱数的、あるいは偶発的な罠や障害が出来ているケースは多い。<火の綿毛><挽き肉器>などはそのランダム・エンカウントが高い障害だ。最悪の場合<魔女ジェリー>が予想外の場所に溜まっていたりもする。」
「<魔女ジェリー>は聞いた事があります。確か、取り扱いのミスでスレンモスクの研究施設が一つ消滅した、とか。」
「というか、その場に集まってた世界トップクラスの物理、化学、医学の研究者が皆死んだ。流石に軍産共同体も隠蔽し切れなかったケースだ。」
「その<魔女ジェリー>はどうやって回避するんですか?」
「夜の探索なら、コンクリートの側溝の水たまりが発光しているのが<魔女ジェリー>だ。昼間だと見分けがつかない。」
「その<魔女ジェリー>の効果は……?」
「例えば俺の両足、だ。靴が<魔女ジェリー>に触れてこうなった。」
「え、じゃあ事故の起こった研究所は……?」
「俺はその時【ヴァーム】と一緒で、あいつが迷わず俺の両足をその場で切断し、背負って帰って来たからこの状態で済んだんだ。スレンモスクの連中は<魔女ジェリー>が皮や金属、木材を伝播して効果を表すと知らなかったから、防護服で磁器に入った<魔女ジェリー>を取り出した直後に……。」
「ちょっと待ってください、そんな危険な<魔女ジェリー>を研究所に持ち込めるような人って?」
「大体予想がつくだろう。当時ロシアのゾーンに潜っていた【ヴァーム】、つまり沙那さんの師匠だよ。」(続)
拓也 ◆mOrYeBoQbw
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