フラットな音とは何か

唐突ですが、私は貧乏人なので
家に防音設備なんかありませんし
もちろんスタジオを借りる余裕もありません。

加えて近隣住民の皆様にご迷惑を
おかけするわけにもまいりませんから、
もっぱら“スピーカーを使用できない環境”で
DTMをやってきた所存です。
これは今も昔も、ずっと変わっていません。

※一応、モニタースピーカーは買ったことがあります。
 でも結局、それを活かせるような部屋(広さ・配置)に
 住んでいないということで、現在はTV用のスピーカーとして
 持ち腐れています(めったにTV見ないけど)。

つまり、私のDTMはすべて耳元で完結しているわけです。
で、ここで特筆すべき点は、この界隈のかたってたぶん
ヘッドフォンで作業している人が大半だと思うんですけど
私は「イヤホン以外つかわないよ」という点です。

え、なんで!? やる気ないの!? と思われたかもしれませんね。
……理由は三つありまして。
下に行くほど真面目な話になりますので、
よろしければお付き合いください。

一つ目は、ヘッドフォンって
長時間作業していると装着面が蒸れて不快ですし
なぜだかイヤホンと比べると疲労度が高いのですよ。
それは単に“慣れ”の問題なのかもしれませんが、
そういう煩わしさがないと最初からわかっているイヤホンから
わざわざヘッドフォンに乗り換えたい、とは思えないのです。

二つ目は音漏れ。
私は近くで家族が過ごしている部屋で作業するため
ヘッドフォンですと、たとえ密閉型であろうとも
遮音性が不十分なのでかなりうるさいんですよ。
つまりそれをゴリ押しすると
“誰かに我慢してもらっている”という状況が生まれる。
これ、家族は「気にしないよ」と言ってくれるんですけど
私としては迷惑かける側なので精神的にきついんですね。

あと、DTMってまだ完成していない音を延々と
ループさせながら作業するものじゃないですか。
あれを聞かれるのもなんか嫌なんですよ。
だって中途半端でつまらない音を、
音漏れを通してシャカシャカ聞かせ続けるんですから……。
そんな状況で作業に集中するのって、私には難しいのです。

三つ目は、ちょっと音楽的な理由です。
勝手なイメージですが、ヘッドフォンに対して
「音の解像度が高いから特にミックスのとき重宝する。
 というかモニターヘッドフォン活用しないで
 良いミックスつくるのなんて土台無理な話じゃない?」
と、捉えているかたって多いんじゃないでしょうか。

でも、私はそう捉えることができません。
なぜなら、解像度が高かろうが、ヘッドフォンの音って
ハウジング(耳に当てる部分)を通り越して
空間に逃げてしまう分、“曖昧”だからです。
実際、どんな名機でも音漏れを完全に防ぐのって無理ですよね。
そういう設計になっていないわけですから。

さらにいえば、ヘッドフォンで作業していると
ふとミュートした時とかに、周りの生活音が入ってくると思います。
逆に、絶賛作業中でガンガン音を鳴らしていたとしても、
誰かに話しかけられたら「はいはいっ、なんでしょう?」と
返事できるくらいには、周囲の状況が認識できてしまいます。

つまりヘッドフォンの音というのは、耳に入ってくる時
厳密には「作業の音+雑音」で構成されているものであり、
仮にノイズキャンセリング等の機能があったとしても
音漏れによって空間に分散する周波数は事実としてあるので
出力(ヘッドフォン側)の解像度は高くとも
入力(人間の耳側)  の解像度が低くなるのです。

そしてモニターヘッドフォンのくだりですが
実は私もヤマハの『HPH-MT220』を持ってたりします。
これは昔、新宿の店先にたくさん並んでいた
モニターヘッドフォンを片っ端から視聴して、
一番出音が好みだったから買ったんですけど……

でも、ちょっと待ってください。
そもそも「音がフラットだからミックスに向いているよ」と
謳っているモニターヘッドフォンに“複数の種類”が存在して、
ぜんぶ出音が異なっている(個人的な選り好みが発生する)って、
冷静に考えると意味がわからなくないですか?

当時も思っていたんですけど、フラットな音って
本来ならひとつであるべきもの、ですよね。
それを定義するのが現実的に難しいのは承知していますが
結局のところ一般的なヘッドフォンのように
出音が装飾されているものであろうが、宣伝文句上
出音が装飾されていないと謳われるモニターヘッドフォンであろうが、
それ自体が“良いミックス”に影響を与えることはない。
これが私の出した結論でした。

上記の前提を踏まえ、私はカナル型のイヤホンを選択しています。
なぜなら周囲の音が聞こえないほどに密閉度が高く、
全帯域の出音を丁寧に耳で拾える上、音漏れも少ない。
それらが作業に集中するために、うってつけの好条件だったからです。

ただし、とりわけ安価なイヤホンにありがちですが
再生周波数帯域が狭いものについては、
物理的に出音の解像度が低くなるので、
そこだけは妥協していません。
私はJVC・WOODシリーズのいいやつを愛用しています。
木が生み出す響きが心地よくて好きなんですよね。
まあちょっと高いんですけど、他の機材を揃えたり
スタジオに通ったりするよりは、はるかに経済的でしょう。

――さて、これだけで記事を終わらせてしまったら
お世辞にも有意義な内容とは言えませんので、
ここからは“良いミックス”に影響を与える環境について
現時点での私の見解を述べていこうと思います。

まず先ほど定義するのが現実的に難しいと言った
“フラットな音”の正体を明かしましょう。それはずばり
「あらゆる再生機器において一定のクオリティを保てる音」です。
要するに、スピーカー、ヘッドフォン、イヤホン、もっといえば
そこから発せられる音を聴く世界中の人々の耳――
それらのスペックや肥えかたに関係なく、
どこで再生してもそれぞれに良さを感じられるような、
特定の周波数に偏っていない音、のことを指します。

ともすれば、“フラットな音”とは究極的に、
かつ相対的に研ぎ澄まされている必要があります。
これを探るために有効なのは、統計データ。

たとえば「人間の耳って個人差があるけど生物学的には
だいたいこういう風に音が聴こえるようになっているよね」とか
「あっちのスピーカー(イヤホン・ヘッドフォン)では
 ああ聴こえるけど、こっちはこう聴こえるわけだから……
 じゃあ中間を取るなら、こんな感じかな……」とか。
各分野の視点で収集された先人による汎いデータを見て、
その平均値を探ってゆくわけです。

これを個人のレベルに落とし込みますと、
DTMにおいては“リファレンス”という考え方が肝要になります。
リファレンスには主観的なアプローチと客観的なそれがあり、
前者は「色々なプロ・アマ・自分がつくった音源を
様々な再生機器で聴いてみる」という体験を通して
フラットな音を判別できるような“己の耳を鍛える”やり方です。

後者は、波形などを分析し、フラットな音とは何かを
科学的に追及したデータを元につくられた商品を活用するやり方です。
有名どころはSoundID Referenceですね。
そこそこ流通しているモニターヘッドフォンをお持ちのかたは
これを適用すると科学的につくられた"フラットな音"を体験できますよ。

総括しますが、“良いミックス”に影響を与える環境とは、
上記のようなリファレンスを十分に試行できる環境のことです。
それは時に、何千万もする機材の揃った一流のスタジオであったり、
集合住宅のなか暮らしている、庶民の部屋の中だったりするわけです。

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