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誰も道具の奴隷になることはできない (第1部:スマートフォン編)

最近、忍足 みかん(Twitter:@mikanoshidari)氏の代表的な著書『#スマホの奴隷をやめたくて』の増補版である文庫版を購入したり、世界中の多くの人が遊んでいる、と同時に、課金やプレイのマナーに関するトラブル報告が特に目立つビデオゲーム『Fortnite』の運営・開発元事業体に懲罰金が課される時事があったりしたので、過去にこれらのことに触れたnoteの拙稿も再編成する時期になったと感じた。
本稿では、前述の目的を踏まえて、ひとがICTサービスの奴隷として使役される事象に関する私見を述べていきたい。
第1部は「スマートフォン編」だ。


忍足 みかん氏、スマートフォン依存症「ではない」可能性がグーンと高まった


エッセイストとして活躍中の忍足氏が名を馳せるきっかけとなった書籍『#スマホの奴隷をやめたくて』(新書版)の内容を増強する形で、2022年10月に、同タイトルの文庫版が発売された。
著書名にもあるように、彼女は、スマートフォン(以下、スマホ)依存症になったと自己判断し、試行錯誤を経て自身で対策を施した経験がある。文庫版は、その経緯が新書版より詳しく書かれている。陰鬱な印象を抱くかもしれないが、文面は、その印象に反して、クスリと笑えるセルフイジりやセルフツッコミ満載の明るいカジュアルなものなので、気軽に読むことができる。

出版社公式の書籍情報はこちらから

補足:中毒と依存とは異なる。前者は、薬物や化学物質が体の中に取り込まれたことによって毒性が体に現れた状態、後者は、薬物の乱用の結果、薬物に頼る気持ちが強くなり、自分の意志ではやめられない状態に陥ってしまう状態をいう。依存の状態で薬物の乱用が進むと、慢性中毒の状態になる。

参考:文部科学省配布教材『OPERATION BLUE WIND』内「ホームページモード」

さて、本題に移る。
『#スマホの奴隷をやめたくて』において、彼女は「スマホは、私の心臓になった」と自身に言わしめるほどスマホの使用にハマっていた。近視、乱視、ストレートネックに悩まされる、歩きスマホして交通事故を起こしそうになるなどのヤバい使い方をしていたので、自己評価がそうなることは当然の流れだ。しかし、学生時代には大学に、就活を成功させビジネスパーソンになった社会人以降は勤務先や顧客先に行けており、起床や就寝も規則正しくできているなど、ヒトとしての生活サイクルは全く破綻していない。
実は、この時点で、彼女は、スマホ依存症(インターネット依存症)には「なっていなかった」ことがほぼ確定してしまっている

理由は、2022年に更改されたICD-11(国際疾病分類および関連健康問題 第11版)におけるゲーム行動症(ゲーム依存症)の診断要件にある。インターネット依存症を行動嗜癖の1つとしてICDに収載するか否かについては学界や臨床の場で議論が交わされているが、仮に収載されるとすれば、ゲーム行動症を参照して診断要件が構成されると推測する。
ゲーム行動症の診断要件は、更改によって厳格化された。更改前なら、彼女の状況は「疑いあり」で通った。しかし、更改後は全く通らない。下図の説明文を読むととわかるが、生活サイクルが正常に回せている以上、彼女は説明文に示された診断要件に全く該当しないからだ。

出典(漫画部分):『ゲーマーズダンジョン ~僕はゲーム依存症じゃない~ (第1巻)』

では、何に当てはまるかといえば、更改後に新しく設けられた「危険なゲーム行動」だ。前述の仮定に従いインターネット依存症に適用するなら「危険なインターネット(スマホ)使用行動」となろう。

「危険なゲーム行動」は、ゲーム行動症とは異なる事象と定義されている。しかも、これは、病気扱いされていない要は、依存症はおろか病気ですらないのだ(もっとも、依存症自体が病気ではないが)。前述の仮定に従いインターネット依存症に適用するなら、インターネット依存症でもほぼ同じ顛末になることは想像に難くない。
それを踏まえて、巻末付録「スマホの奴隷をやめる14の法則」を読むと、すべてが、健康上の悪影響を避ける方法だったり、ICT教育で学べることを忍足氏がアレンジした方法だったりする。そう、『#スマホの奴隷をやめたくて』では、スマホ依存症やデジタルデトックスを扱った内容にもかかわらず、誰もスマホ依存症やデジタルデトックスについて触れていないのである!
その証拠に、以下の「ICT機器の使いかたルール」を「デジタルデトックスの方法」とは誰も言わないだろう。実際、以下のルールだけとっても、スマホをビデオゲームに置き換えるなど、使用デバイスや使用者の年齢に準じた内容にすると「スマホの奴隷をやめる14の法則」のいくつかとほぼ一致する。

・ビデオゲームの対戦試合に負けて対戦者に暴言を吐きそうになったら、その感情を声に出した後にお茶菓子を食べる
・ビデオゲームで遊ぶ前に、ゲーム開始時間をボールペンで書いたメモを冷蔵庫に貼る
・ビデオゲームで遊ぶ際は、1回のプレイ時間は1時間までで、連続して遊ぶ権利を行使する場合は、休憩を1時間挟む
・ビデオゲームで遊ぶ際、タイマーを自分の手でセットする…もししなかった場合、ゲームプレイは即中止され、次回のプレイ権利を剝奪される

忍足氏を奴隷として使役した真犯人は?

そんな彼女を奴隷として使役していた真犯人は誰だろうか。それは、彼女自身だった。彼女の心中にある、バランスが歪んだ承認欲求という思考の悪癖だった。彼女はそれを著書で暴露している。

・私は自己肯定感が低いうえに見栄っ張りなんで…
・本当の、現実の、本名の、誰からも羨んでもらえない、つまらない私はいらない…
・SNSをやめたら…承認欲求を持て余して脳が爆発しそう…

出典:『#スマホの奴隷をやめたくて(文庫版)』

その承認欲求には2種類ある。「自己承認欲求」と「他者承認欲求」だ。後者が承認欲求と呼ばれるのだが、それは、この概念を考案したアブラハム=マズロー氏自らも「他者承認欲求に留まることは危険」と断言している危険度抜群の代物だ。他者承認欲求には「他人の評価や感じ方が基準になっている」特徴がある。自己の在り方を他人の評価に丸投げしていると言い換えてもよい。評価軸が自分の中にないので、それを重んじるようになった人は、他人の評価をよくすることを重んじる思考の傾向になりがちだ。

特に、若い方は、無理に背伸びしてまで「良い印象の自分や成長している自分」を外部に見せたい欲求が強い。結果、評価軸を外部の反応に丸投げしてしまいがちだ。俗にいうインスタ映えはその欲求の典型的な出力例だ。実際のところ、外部からの視線や評価を過剰に意識した編集を経てアップロードした写真データで占拠された自身のタイムラインを見て後悔する方も多いようだ。

不適切なガンマ補正によって「異世界の風景」になってしまった例

写真を加工するエピソードは、デジタルシティズンシップ教育の教材に登場します。何故、人は写真を加工するのか。映える写真を扱うメリット・デメリットは何か。こうしたことは、デジタル足跡やe-アイデンティティーを自覚・形成するうえでも欠かせません。

ICT教育研究者、豊福 晋平氏のTwitterの投稿より

彼女の場合は、承認欲求のバランスが他者承認欲求に偏っていたうえに、自意識が低かった
ご存じのとおり、SNSには「ふぁぼ(いいね)」「リポスト」など、「他人からの承認」の度合いが、ビデオゲームのごとく数値化されている。結果、それらの値が自分の”つよさ”とみなす錯覚に陥ってしまいがちだ。それは、とかく他者からふぁぼやRTをもらいたい(より多くの他者からの承認を得たい)ために、整骨院に行き治療を受ける刹那までSNSにその模様をアップロードしていた当時の彼女の行動によく顕れている。
実は、自意識の低さは、他者承認欲求との相性が抜群に良い。ゆえに、それを満たそうとする意思と容易に結合し、ICTサービスを介して、先述のような“痛い言動”を出力する可能性を高める。

だが、彼女は、そのような自身の心の悪癖に半ば気づいていながら、その原因をICTサービスやICT機器に転嫁し続けた。彼女が「危険なインターネット(スマホ)使用行動」を見直せた理由は、前述した身勝手の極意を極めたかのような思考の悪癖を直そうと強く固く心に決めて実行できたからに他ならない。
しかし、メディアは、前述した一連の行動をとった彼女を「重篤なインターネット依存症を自力で寛解させた、ICTが普及するこれからの社会でお手本としたい若い女性」として扱い、担ぎ上げた。市場占有率が下降の一途をたどる日本国内の新聞、TV、雑誌などの“トラディショナル”メディア提供事業体の中には、その対策として、デジタルをとにかく蔑ませ、自身が商材としている非デジタルを過大評価しなければならない、とする邪な思想の奴隷になっているところがある。その思想が、彼女を担ぎ上げた。
彼女は、今、それらの事業体の客寄せパンダになっている。

この仮想的な動物は、ネット・ゲーム依存症対策条例の思想の浸透に躍起になっていた香川県の目に留まり、医学的なデマを満載した同条例のロジックの強化に複数回使役された。

この仮想的な動物は、それを生んだマスコミ各社のもと、下の例のような、無関係のゲーム行動症やインターネット依存症と絡めたトンデモ記事を爆誕させる素体として使役され続けている。
しかし、前述した「思想」の下で報道機関や行政機関がこの動物を使役すればするほど、日本国内において、インターネット依存症やゲーム行動症に対する正確な理解がされなくなる

特性を掌握したうえで行う適切なメディアの選択と運用のしかたも、デジタルシティズンシップ教育で扱う。今では、多くの娯楽がデジタルコンテンツとして享受できることから、真に良質な娯楽体験の享受を望むなら、メディアの適切な選択と運用には相応の知識が求められる。
なお、デジタルシティズンシップ教育では、メディアの特性の学習に関して、非デジタル/デジタルの区別は一切しない

これらのことから、上述した例のように忍足氏を使役した仕事の成果物の数は、2023年以降は、日本国内において、インターネット依存症やゲーム行動症に関する正確な理解が「進んでいない」度合いを測るリトマス試験紙になる
ゆえに、ICD-11の日本版ローカライズや今後のインターネット依存症の研究の結果によっては、“インターネット依存症ではない何か”の経験と、“デジタルデトックスではない上に公に供するには不適格な何か”の知見を供出する忍足氏のビジネスは立ち行かなくなる可能性がある。彼女には「その時」に備えた準備が必要だろう。

デジタルデトックスについて

イライラ感や鬱の状態を和らげたり肩こりを改善したり生活サイクルを見直したりするデジタルデトックスだが、これは、デジタルウェルビーイングの実践手法の1つだ。
そのデジタルウェルビーイングの目標「健康的なICT機器の利用の実現」を案内する日本国内でのリファレンス「情報機器作業における労働衛生管理のためのガイドライン」は、20年以上前からあり、主に事業体で活用されている。それには「ICT機器を一定時間使用した後は、電話業務などのICT機器を使わない作業や軽い運動、休憩の時間を入れ、身体への負荷を和らげるよう努める」とある。これは強制ではないが、守らない場合、VDT症候群を罹患する確率を上げる。

デジタルウェルビーイング支援アプリは、生活サイクルの維持の支援を主目的に作成されているが、VDT症候群の罹患を抑止する目的に作られている一面もある。実は、このコラムの冒頭で挙げた症状は、すべてVDT症候群のそれだ。デジタルデトックスがこれらを解消する目的に行うなら、それらは適切なカリキュラムの下で行われるICT教育や労働安全教育の実践フェーズの中ですでに実現できている。
つまり、デジタルデトックスは、その煌びやかなイメージに反して、実質的な中身は、インターバル期間が長いだけの、既存の地味極まりないVDT症候群対策なのだ。
しかも、忍足氏のそれは独自のものだ。リファレンスではなく俗にいうローカルルールを自動車教習所で教えると、学校を卒業した後に生徒が交通事故を起こしかねないように、ICT教育においても、教場で諭す内容は、世界的に確証の取れた技術及び医学の知識に基づいて編まれたリファレンスに基づいたものでなければならない。
そのことから、残念だが、忍足氏のマイVDT症候群対策を紹介する『#スマホの奴隷をやめたくて』は、読み物としては魅力的なのだがリファレンスとしては使えない。ゲーム行動症に関して真面目に研究をしている医師も、マイ家族用ルールを成書で紹介する箇所で「支援を業務としている人間が、自分の家族のことを書くのはよくない」と断りを先に入れ、その説明も2ページ程度で済ませている。マイルールをメディアを介して公然と述べる行為のリスクを知っているからだろう。
以上が、忍足氏が成書で紹介しているデジタルデトックスの手法について「デジタルデトックスではない上に公に供するには不適格な何か」と書いた根拠だ。
ただし、これは、忍足氏の試行錯誤の工程や成果を否定する意図で書いたものではない。その点は何卒留意いただきたい。

それら以前に、デジタルデトックスの代表例「オフラインキャンプ」にみられる「ICT機器を遠ざければスマホ依存症(中毒)やゲーム行動症にならない」とするロジックには無理がある。これについては以下の拙稿を参照いただきたい。

プロのエンジニアだから言及したいこと


間違ったゲーム行動症(インターネット依存症)のロジックの奴隷に堕ちた一部の事業体発の情報、そして、道具やテクノロジーに悪の烙印を押してそれらに責任転嫁することを憚らない「スマホ中毒/依存」を扱った書籍ばかりに触れていると、以下の重要なことを忘れがちだ。
だから、この場を借りて、改めて言及しておきたい。

道具やテクノロジーには、善悪も罪もない。
加えて、マクルーハン氏のロジックに基づけば、
道具やテクノロジーは、
使用者の意思を反映させたり拡張したりして出力する「器」でしかない。
メディアも、道具の1つだからだ。

換言すれば、

道具やテクノロジーそのものが、
その使用者を奴隷にすることは、
過去でも、今でも、未来でも、永劫にない

それを証明する好例が1つある。
それは、とある人気ビデオゲームの運用のされかただ。
「第2部:ビデオゲーム編」で、それについて触れる。

参考資料など

  • WHO『ICD-11 for Mortality and Morbidity Statistics(version 02/2022)』

  • 井出 草平「香川県ネット・ゲーム依存対策条例を考える 講演資料 2020年2月9日版」

  • 吉川 徹『ゲーム・ネットの世界から離れられない子どもたち』(合同出版)

  • フィンランドワークショップ「ゲームの勝敗でかんしゃくを起こす子どもにできることは大人げない大人になること」(https://note.com/workshopomena/n/n55b156b4da74)

  • Sports for Social「3分解説!デジタルウェルビーイングとは?その意味をわかりやすく解説!」(https://sports-for-social.com/3minutes/digital-well-being/)

  • Katsuiku Education Foundation「スマホ依存症?スマートフォンの使いすぎを防いで集中力アップ。デジタルウェルビーイングとは?」(https://www.katsuiku-academy.org/media/digital-wellbeing/)




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