”ひとりで楽しむもの”ではなく、”ふたりで楽しめるもの”を探し続けているという話
妻の表情がお地蔵さんのように固まったのが、隣に座っていてもわかった。
冷たく無表情な顔をしている妻にぼくはこう言った。
「や、やめよっか。別なのにしようか」
それは、まだ子どもが生まれるまえ、ぼくらふたりだけで小さな2Kのマンションに住んでいたときのことです。
その日はクリスマスイブで、妻は手の込んだクリスマス料理を作ってくれたんですね。
その料理をまえにぼくらはテンションが上がって、なにか映画でも観ながら食べようかと言っていたんですね。
そこでぼくが選んだのが、ジャッキー・チェンの名作「プロジェクトA」でした。
ジャッキーの体を張ったアクションが素晴らしく、1983年公開の映画でありながら彼の作品のなかではもっとも人気の高い作品とも呼ばれている、まさにトップ オブ ジャッキームービーなのです。
なのですが…。
妻はジャッキー・チェンにまったく興味がなかったんですね。自分が作った美味しいクリスマス料理にまったく手をつけることもなく、ただただ石のような無表情で画面を見つめていたんです。
(まずい…。これはやっちまった…!)
と、やっと自分の大きなミスに気がついたぼくは、あわてて映画を止めました。
その映画を選んだときは、「面白い映画を妻と楽しみたい」と思っていたんですが、ぼくに抜け落ちていたのは「妻と一緒に楽しめるものを探す」という思考だったんです。
◇
ジャッキーの映画を選んだとき、ぼくは妻がどう思うかをあまり考えてなかったんですよね。
(なんか反応がいまいちだけど、見始めたらきっと面白いと思うはず)と考えていたんですが、まったくそんなことにはならず、おそらくぼくは映画選びの際に、妻の反応をきちんと見ていなかったんだと思うんです。
口では「いいよ」と言ってはくれたけど、実際はどう思っているのか、遠慮して言っているだけなのか、妻はなにを観たいと思っているのか、それらをきちんと考えてなかったんですよね。
このときの経験がかなり強烈にぼくには残っているので、それ以降は”妻と一緒に楽しめるものを探す”ようになったんです。
ぼくはSF作品やマフィア映画やアクション映画が好きなのですが、妻はラブコメの方が好きなんですね。
趣味は違うんだけど、どこかで重なり合うところがあるんですよ。
たとえば、「007シリーズ(ダニエル・クレイグ版)」とか「ミッション・インポッシブルシリーズ」は妻も大好きで、全作品を一緒に楽しめたんです。
だけど、同じアクション映画でも「ジョン・ウィック」のようなゴリゴリのアクション映画はたぶん妻には受けないんですよね。
なんというか、”男の子が好きそうな映画”過ぎるからだと思うんです。設定にムリがあったり、アクションシーンが多すぎたり、ロマンスがなかったりとか、たぶんそういう理由だと思うんですよね。
それから、ぼくはマフィア映画が好きなので「ゴッドファーザー」が大好きなんですが、妻は絶対に楽しめないと思うんです。シリアス過ぎるので。
でも、NETFLIXオリジナルの「ヴィンチェンツォ」はめちゃくちゃ一緒に楽しめたんです。
ロマンスもあり、アクションもあり、マフィア要素もあり、ぼくらの好きな要素がすべてきれいに収まっていたんですよね。
あと、妻は韓国のラブコメドラマの「キム秘書はいったい、なぜ?」が大好きなんですが、ぼくには甘過ぎてダメだったんですね。
でも、同じ韓国ドラマの「梨泰院クラス」はふたりともどハマりしました。このドラマもただ甘いだけじゃなくて、いろんな要素が入っているのが良かったんだと思います。
それから「ビフォア・サンライズ」、「ビフォア・サンセット」、「ビフォア・ミッドナイト」という3部作の恋愛映画があるんですが、これもぼくらにはどハマりしました。ぼくは恋愛映画のなかでは、この映画が一番好きだと思います。
恋が始まるときのワクワク感、再会したときのドキドキ感、恋愛が終わり夫婦としての絆を作るための苦しみ。そういったすべてがリアルに描かれているんですね。
セリフも現実的でありながら詩的であったり、ロケ地もパリの老舗の書店だったりと、ぼくらの好みにピシッとハマったんだと思います。
◇
自分が好きなものだけじゃなくて、妻も好きなものを探すというのは、ぼくらふたりの共通点を探すということでもあったんだなって思うんです。
その共通点が見つかれば見つかるほど、お互いへの理解が深まっていき、ますます相手のことを大切に扱いやすくなるなって思うんですね。
「ラブコメなんて、オレ見ないから」と切り捨てて、ぼくがひとりでスター・ウォーズを見続けることもできるんですが、でも、それって、実はちょっと寂しいんですよね。
ひとりで自分の好きな作品を映画館で楽しむことも好きですが、ぼくらふたりが好きな作品を見つけられて、それを一緒に”その場で楽しめた瞬間の喜び”には及ばないんですよね。
ふたりで一緒に大好きなアーティストのライブに行くような高揚感というか、そういうものがあるんですよね。
ビフォアシリーズの最新作「ビフォア・ミッドナイト」をふたりでドキドキしながら映画館に観に行ったときのことや、ストレンジャー・シングスの最新シリーズがスタートしたときのドキドキ感とか、そういったものをなんどもぼくは妻と味わいたいんです。
アーティストのライブを生で見るのに似ていると思うんです。あれって、その場に同じ趣味の人が集まって、みんなの気持ちがひとつになる高揚感がありますよね?
ぼくはあれが欲しいんだと思うんです。
”妻と一緒に楽しめる”作品を見ているときって、ぼくらの気持ちがひとつになるのがわかるんです。
同じようにドキドキしたり、キュンキュンしたり、涙がでそうになったり、そういった感情を揺さぶられる体験を一緒にすることで、ぼくらの心がひとつになるのを感じるんです。
だからこそ、ぼくは”妻と一緒に楽しめるもの”を探し続けるんだと思うんです。
今度の週末には、まだ見れていないストレンジャー・シングスの最新作をふたりで一緒に楽しもうかなって思っています。
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