妻の不信感を倍増させる、夫の「非自己開示」
「夫がなにを考えているのかわからないんです」
「夫が自分の気持ちを話してくれないんです」
感情を共有してくれない夫に疲れ果てた何人もの女性たちから、そういった相談を受けたことがあります。
夫に不満を伝えても黙っている。聞いているのかいないのかわからない。
無反応な人間に話しかけ続けることに疲れ、コミュニケーションは次第に減り、気がつけば夫への興味や愛着は失われていた。
ぼくも妻から「もっと気持ちを話してほしい」と言われたことがあります。
ですが、ぼくとしては伝えているつもりだったのです。それは、他の男性相談者の方たちも同じでした。
このギャップはなぜ生まれるのでしょうか?
なぜ、ぼくら男性は、無意識のうちに自己開示を拒絶しているのでしょうか?
自己開示が必要とされない男の世界
以前通っていたビジネススクールのワークショップでのこと。
ある企業の事例をもとに、成長可能性の低い事業に対し、どのようにアプローチするかというセッションが行われました。
多くの参加者が、限られた情報をもとに事業の継続、中止、方針転換などを提案する中、一人の女性がかたくなに「事業の継続」にこだわりを見せたのです。
「なぜ、続けた方がいいと思うのですか?」
ぼくがそう尋ねると、彼女はこう答えました。
「だって、今まで努力してきたのに、もったいないじゃない」
その途端、メンバー全員を覆う空気が歪み、強い脱力感を感じたことをよく覚えています。
こういったことは職場でもあり、業務判断に感情を挟むと冷静な判断ができず、多くの場合いい結果を生みません。
そして、感情より論理を重んじ、本当にそう思っていなかったとしても、他者を思いやる言葉をかけられる人は大きく出世していきます。
他者を思いやる言葉をかけることは苦手だが、論理を常に重んじ、非情に職務を遂行できる人間もまた出世していきます。
つまり、ビジネスの現場では「感情に流されない強さ」が求められるのです。
感情共有を大切にする呉服販売から、ロジックを重視する商社に転職したとき、それを強く感じました。おそらく、同じような思いを抱いている男性は多いんじゃないかなと思うのです。
1日の3分の1を過ごす場所、生きていくための糧を稼ぐ場所。
そんな重要な場所で適用されているルールは、ぼくらの骨の髄まで染み込んでいます。
実際、ぼくに夫婦関係のご相談をされる男性の多くが、ワーカホリックや、出世されている方や、経営者の方が多かったです。
感情を素直に表現しても仕事は円滑に進まず、相手に隙を与え、結果的に損をすることになる。
職場では感情を表現することに、大きなメリットがないのです。
そういった論理重視志向は、徐々に日常生活を影響を与えるようになります。
妻に「寂しかった」「悲しかった」と素直に言えない。
妻の感情的表現にどう反応したらいいのか、さっぱりわからない。
そもそも、自分が何を感じているのかわからない。
そのようにして、夫は自分の感情をオープンにできず、妻からの不満と不信感だけが積み重なっていきます。
「なぜ、あなたは何も言わないの?」と。
ぼくら男性にとって、なにも言わないことが生き抜くにあたっての最適解なのです。
体に染み込んだ社会規範以外にあと二つ、男性が自己開示ができない理由があります。
弱さを表現する恐怖
以前、子どもの授業参観がその日にあることを知り、朝から妻と口論になったことがあります。
なんでもっと早く教えてくれなかったのか?
大事なことだから、どちらが出席するか、ちゃんと話し合って決めたいと。
ですが、予定は夫婦の共有スケジュールアプリにきちんと書かれており、小学校からのプリントにも書かれ、それはリビングのわかりやすい場所に置かれていました。
ぼくはチェックしようと思えばいつでもチェックできる状態にあったのです。
妻を責めながらぼくは違和感を感じていました。妻に非があるわけではなく、ぼくの単なるチェック漏れであり、それを認めたくないだけだったからです。
しかし、その感情を素直に受け止めることができませんでした。
「おれが悪かった。予定を完全に見落としていた」
ただ、そう言えばいいだけなのに、素直な気持ちは喉の奥に詰まり、口から出る言葉は妻を非難するものばかり。
いったいなぜなのか?
その理由は翌朝にわかりました。
ぼくは怖かったんです。
素直に自分の非を認めることで、妻から責められることが。
誰だって誰かに怒られるのは気持ちがいい体験ではないですが、その相手が妻となると複雑な感情が込み上げてくるのです。
上司や取引先に怒られるのは別に構わない。ですが、妻に怒られるのは別です。
それは、妻がこの世の誰よりも”大切な存在”だからです。
自分にとって唯一無二の特別な存在。
普段の生活ではそんなこと強く意識しませんが、自分たちの絆を脅かすような出来事が起こると無意識下にこのような思いが生まれるのです。
「この人に傷つけられたくない」
「この人から軽蔑されたくない」
「この人を失いたくない」
妻から傷つけられること、それは体をナイフで切り裂かれたような痛みを伴います。
現実に切りつけられたわけではないですが、妻との距離が生まれ、ぼくと妻という最も小さな社会に対立や孤立が生まれると、そのように感じるのです。
カリフォルニア大学心理学部の研究によると、社会的な苦痛を感じるとき、身体的苦痛と同じ痛みを脳が感じているそうです。
心の痛みは体の痛みと同じであるため、素直な自己開示のためには「攻撃される恐怖」と戦う必要があるのです。
実際には攻撃されると怯えていただけで、妻から非難されないケースもありますが、なかには妻が攻撃的になったり、不機嫌になったりと、葛藤が生まれることもあります。
ぼくらも何度もありました。今だってあります。
「傷つけられる恐怖」を乗り越えることは、これらの葛藤をくぐり抜けることも意味します。
その時に大切なことは、「自分にとってもっとも大切な存在であるあなたに、傷つけられることが怖くて素直になれない」という事実を伝えることなのだと思います。
このエピソードはこちらの記事にまとめています。
感情表現への無力感
ぼくが生まれ育った家庭では、夕飯時に会話をすることが少なく、誰かが笑うこともあまりありませんでした。
祖父母と父が対立しており、彼らがあからさまに不機嫌な空気を醸し出し、常に緊張に満ちていたからです。
祖母は世間的には穏やかな人に見えましたが、精神的に不安定であり、感情を爆発的に表現する癖がありました。
父は婿養子としてのストレスが蓄積されており、ときおり体の中で何度も感情の爆発を起こしていました。
そんな時の父は怒りに満ちており、とても近寄れたものではありませんでした。
大きな爆弾を二つも抱えた家で育ったぼくは、次第に自分の感情を締め殺し、意識的に何も感じないようになりました。
自分の思いを家族に伝えても取り合ってもらえず、怒りの矛先を向けられる恐れがあったからです。
二十歳になった頃、そんな自分の特性に気がつき、当時の恋人の助けを借りて自己開示をするようになりました。
現在では、妻もぼくの特性を理解してくれ、妻への自己開示を繰り返す中で、80%程度は心が修復できたと感じています。
この現象に関して、「夫婦・カップルのためのアサーション」では次のように書かれています。少し長いですが引用します。
「自分の感情を伝えても理解してもらえない」という感情表現への無力感。
それこそがぼくが抱えていたもの(今でも少しあります)であり、妻との関係に悩む男性たちの多くが抱えていたものでもありました。
自己開示があだとなる男性社会、心を傷つけられた際に伴う身体的痛みと同等の深い痛み、だからこそ感じる心を開く恐怖心、そして生まれ育った環境によって学習してしまった感情表現への圧倒的無力感。
妻への不信感を募らせる「夫の非自己開示」の背景には、こういったものが存在するのです。
ーーあとがきーー
2週間ほど前、三男が保育園から溶連菌をもらって帰ったことで、長男と三男が体調を崩し、てんやわんやな日々を過ごしていました。
と言っても、妻が仕事を休んで子どもたちの様子を見てくれていたので、一番大変だったのは妻ですが。
やっと夏休みが終わり、上の子たちが小学校に行ける!やっと自由な時間が増える!と思っていた矢先だったので、妻のショックは大きかったようです。
先日、やっと仕事に行けるようになり、「職場に行くと落ち着くわー」と言っていました。
子どもが生まれてから知りましたが、育児より仕事の方が断然楽ですね。
正月休みや夏休みなど、長い休みが明けて職場に行くと、ぼくもめっちゃ心が落ち着きます。
子どもたちと過ごすはもちろん楽しいですが、一人の時間や大人と過ごす時間も必要ですよね。
ーーお知らせーー
この記事は「男性向け夫婦関係改善本」のための下書きです。
下の目次の(←ここ)とある箇所の記事です。記事を書き足していき、最後は一冊の本にします。
下線がある目次はすでに書いた記事へのリンクです。クリックすると記事に飛びます。
本が完成するまで記事を書き続けますので、応援していただけると嬉しいです。
また、ぼくの夫婦関係研究へのサポートも募集しています。
サポートはポッドキャスト「アツの夫婦関係学ラジオ」運営費用、取材費などに使わせていただき、毎月末にサポートメンバー向けに、活動報告記事をお送りさせていただいています。
ぼくと同じく「世の中から夫婦関係に悩む人をなくしたい」と思ってくださる方、アツを応援してもいいと思う方は、ぜひサポートをよろしくお願いします。
第一部:なぜ、あなたは妻から嫌われたのか?
◾️第一章:恋から愛への移行不具合
○恋のメカニズム
○産後の妻の変化への無理解
産後の妻の変化1:オキシトシン分泌によるガルガル期突入
産後の妻の変化2:肉体と精神がズタボロになる産褥期
産後の妻の変化3:産後女性の性欲減少メカニズム
産後の妻の変化4:圧倒的な社会的孤立
産後の妻の変化5:失われたアインデンティティ
○絆を構築する共同体験の欠如
◾️第二章:無から愛の生成不良
○「Who you are? 」ではなく「What you have ?」であなたが選ばれた場合
◾️第三章:夫への恨みの生成過程
○未完に終わった夫婦の発達課題
・結婚前に獲得すべきだった「本当の親密さ」とは?
・未確立な夫婦のアイデンティティ
・親になること、夫婦になること
○非主張的自己表現の呪いから抜け出せない妻
○攻撃的自己表現をやめられない夫たち
○妻の不信感を募らせる、夫の非自己開示(←ここ)
○時限爆弾となる「夫への恨み」
○増加する”婚外恋愛”願望
◾️第四章:セックスに関する無理解
○産後にセックスに興味を失う理由
○生理周期に伴う性欲の変化
○性に関する夫婦の話し合いの不在
◾️第五章:現状把握と事態の受け入れ
○妻の恨みの根幹を知る
○思い込みにとらわれず質問を恐れない
○客観的に自分たちを見つめる
◾️第六章:妻から嫌われる3つのパターン
○家庭より仕事を優先してきた
○家族の幸せより自己実現を優先させてきた
○妻への思いやりより自己の欲望を優先させてきた
第二部:では、どうするか?
◾️第一章:皿洗いをする前にやるべきこと
○夫婦の絆の土台となる”親密性”
○「受け止めてもらえる」安心感を妻に与える
○柔らかな感情の掘り起こし
◾️第ニ章:愛着の形成が二人の絆を作る
○柔らかな感情の共有
○相互理解という快感
○夫婦に恋愛は必要ない
○ドーパミンではなく、オキシトシンが愛を作る
◾️第三章:自分も相手も大切にするアサーティブコミュニケーション
→詳細考え中
◾️第四章:セルフコンパッションで関係改善の努力を継続
→詳細考え中
◾️第五章:セックスは愛の最終形態
○セックスは手段、目的は親密性への触れ合い
○性の話し合いを恐れない
第三部:フェニックスマンの特徴
○夫婦関係を改善できる男性の特徴とは?
それでは、また!
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