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ぐるぐる話:第39話【たいせつなこと】 @3008



こちらは「ぐるぐる話」というリレー小説です。
現在39話。少し長いですがよろしかったら最初からどうぞ!
おそらく10万文字くらいだと思います。




【 第39話 】たいせつなこと


女将をはじめとした楓屋の従業員はみな、聡のことが大好きだった。育ちのいい人間に共通する物腰のやわらかさと大らかさで、人を包み込む優しさを聡は身にまとっていた。人一倍の努力家でもあり、何にたいしても執着しない自由さで、今まで楓屋を女将と盛り上げてきたのだ。女将も従業員も、聡さえいればこんな状況だって何とかなるような気がしていたし、実際にそうだった。


話を終えると聡は木綿子と龍之介に向かって、微笑みながら会釈をした。慌てて女将がふたりを紹介する。そして、先ほどふたりに話したことを、今度は聡にむけて話しはじめた。



話を聞き終えた聡は別段、驚くわけでもなく言った。


ここへ来る前にね、組合に寄ったんだ。はじかれたんだって?組合から?どうしてそんなことになったのか、理由を説明してもらえるようお願いしてみたよ。話を聞いていてね・・・もっともだな・・・って感じる部分もあったんだけど・・・その話を、楓にも皆にもぜひ聞いてほしいんだ。いいかな?もしよろしかったら、そちら様にもこのまま話を聞いていただきたいのですが、いかがですか?



木綿子と龍之介が大きくうなずくのを見ると、聡は皆の顔が見えるように女将の隣に座った。そして、胸ポケットから小さな手帳を取り出すとそれを卓の上に開いておき、時おり手帳を見ながら話をはじめた。


聡の話はこうだ。


飛ぶ鳥を落とす勢いで、あっという間にこのあたりの宿ではいちばんの存在になった楓屋は、他の宿から一目置かれる存在にはなっていた。もちろん、宿をそこまで盛り上げるために、初代の頃から変わらず、二代目も、三代目となる楓も聡も、従業員の誰もが切磋琢磨の毎日を送っていた。したがって、楓屋が他の追随を許さないほどの圧倒的存在感で威厳のある宿であることは、当たり前といえば当たり前のことだった。



建物の改築、日々の清掃、献立の開発、安全な食材の調達、自前の洗濯機による石鹸での洗濯など、楓屋が日々行う業務は、儲け第一主義とは遠くかけ離れたところにあった。けれど、それが、結果的にたくさんの人をここ楓屋に引き寄せることになっていた。他の宿を常宿にしていたお客までが楓屋に吸い寄せられるようになっていた。一人勝ち状態だった。



だからといってそこに胡坐をかいている楓屋ではなかった。とはいっても、周りの宿屋にしてみれば、年々常客を楓屋に横取りされているのを、黙っているわけにはいかない・・・そこで組合から探りをいれることを頼まれたのが芸子のふたり、市乃(槇)と勝也(桂)だった。



日々の献立や仕入先、台所事情をふくめた楓屋の内情までが組合には知れていた。たまたまここへ来る前に組合に寄った聡は、組合の奥の間で他の宿の人間と親しそうに話をする槇と桂をみて不思議に思った。



なんでウチの者がこちらにお邪魔しているんですか?


槇と桂がバツの悪そうな表情を浮かべる中、組合長が言ったらしい。



ああ、この二人にはずいぶん前から楓屋さんの内情をいろいろ探ってもらっているんですよ・・・こっちもね、商売だから、このまま客を横取りされるのをだまって指くわえてぼんやり見ているわけにはいきませんからね・・・。



その言葉を聞いた聡は、このままじゃいけない・・・と思ったそうだ。同じ那須塩原の温泉宿が、互いに反目しあって蹴落としあう・・・そんな乱れた気が充満する温泉街にいったい誰が来たいと思うだろう。今まで、他の宿のことは気にせずわが道を突き進んできた楓屋だった。


けれど、これから先、もっとたくさんの人に足を運んでもらう、もっとたくさんのお客さんを、この地に迎えるには、利益をひとり占めするのではなく、お互いに分け合うつもりで営業をしていく必要があると思ったという。


そのためには、今まで通りのやり方とは違うなにかで、この地の良さを知ってもらい、それぞれの宿屋が心配することなく営業できるような仕組みを作っていく必要があると考えた。それがどんな形のものなのか、今はまだはっきりと言葉にすることはできない。


けれど、必ず、何かいい方法があるはずだと聡は言った。そして、できるなら、その方法を楓屋の従業員はもちろん、組合の人間もふくめたこの地で宿屋をする皆が協力して考えていくべきだ・・・今まで誰も成し得なかったこと。道のないところに道をつくっていくことを楓屋が主導となって果たしていきたい・・・というのが聡の考えだった。



すると女将が口を開く。


もうひとつ・・・私からも話をしておきたいことがあって・・・もうみんな薄々は気づいていると思うけどね、すみれちゃんのこと・・・少し誤解をされているような気もするからちゃんと話をしておきたいと思って・・・


と、前置きをして話した女将の話はこうだ。


確かに、SNSに書き込みをした東京から来た一見のお客に、すみれがされたことは酷い仕打ちだった。けれど、それは女将の本意ではなかったらしい。
寝間着に着替えたすみれを横に一晩眠る・・・それが女将がすみれに頼んでいた客寄せのサービスだった。承知の通り、楓屋に来る客の中には、今でもあの美食家の仲間やその弟子たちがたくさんいる。


すみれを指名するのは、たいていどこかの会社のお偉いさんや、芸能人のお忍び、ワケありの男たちだった。5万払って寝間のひと時をすみれが隣で横になり話を聞く・・・それがサービスのすべてだった。性交渉などもちろんないし、すみれには指一本ふれない、という約束あっての添い寝だった。


何人もの客がそれを目的にやってきたことは事実だけれど、いずれも客は身元のはっきりした人間だという。ところが、ある晩、酒に酔った客がすみれに乱暴をした・・・そしてその様子をSNSにあげたらしい。それを知った槇と桂が組合にバラし、SNSでの拡散がはじまった。その噂を打ち消すために警察にも介入してもらったが、自然と忘れ去られる日が来るのを待つしかないと今は思っている・・・という女将。


槇と桂にしてみれば、美しさと若さを持つすみれが妬ましかったのかもしれない。そして、その分の手当てをもらっていることも、姉さんとしては面白くはなかったはずだ。でも、もう今となっては、そんなことはどうでもいい。この先、すみれに同じようなことをさせるつもりは一切ないし、またそんな情けないことをさせたことを心から詫びたい・・・そう言って女将は泣きながらすみれに向かって頭を下げた。



組合の会館で槇と桂に出くわした聡がいうには、自分たちがしでかした不義理が露呈してしまった以上、もうこの楓屋にはいられない・・・そう言っているそうだ。



でもどうだろう・・・ここまで何十年もうちで芸子として頑張ってきてくれたふたりを、不義理を働いたというそのことだけで、追い出すことなんて僕にはできない・・・そう考えているのだけど・・・皆の意見はどうかな?正直な気持ちを聞かせてくれないか・・・。


女将や従業員、ひとりひとりの顔を見ると、卓の上で大きな掌を合わせて組んだ。それはまるで心の中で静かに祈りを捧げているようにも見えた。





【 第39話へつづく 】 3008文字



次週の物語は変更がなければこちら・・・

ソゴさんが紡いでくださる予定・・・。
どうぞお楽しみに!



おしまい


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