見出し画像

アジ・ダハーカの箱 予告編:死都へ

「良し。全員揃ったな」

乾いた空気が冷たい大地を撫でる。満点の星が夜空を彩り、殺風景な荒野を静かな光が照らしていた。動物はおろか虫けらすらも存在しない荒れ果てた地。闇夜の岩場。その影の中で響く声があった。

声の主はいかにも軍隊上がりといった立ち振る舞いを見せる大男だった。白髪と揃いの無精髭を撫でる姿は威厳に満ち、数多の修羅場をくぐり抜けた風格を漂わせ、その存在感だけで空気を張り詰めさせている。
大男の目の前には様々な人種、性別、年齢の者たちが一列に並んでいた。大男は威圧的に並んだ者たちの前を歩き、一人一人を無言で睨みつける。彼は物事を深く考えるとき、いつもそうしているように、自身の顔に刻み込まれた爪痕をなぞった。爪痕……まるで巨大な獣に引き裂かれたような、顔面の造形を歪めるほどの大きな傷である。その傷跡の中心の右目には眼帯が装着されている。大男は隻眼の兵士だ。コミックやビデオゲームに登場する伝説の傭兵といって差し支えない屈強な風貌。彼の無事な方の鋭い眼球が一人の男を見据えた。それはまるで命を預ける銃の性能を見定めるかのような眼差しだった。野太い声が再び荒野に響く。

「ほう、貴様がサンダウナーか。噂は聞いているぞ。今回の作戦での活躍を期待している」

場がどよめいた。

「あいつがサンダウナー……」

「なんだって?」

「ドラゴンハンターのサンダウナーも来てるのか」

皆、驚嘆と畏怖を口にした。隻眼の兵士が放ったサンダウナーという名は、もちろん呼ばれた彼の本名ではない。

2003年に突如として世界に現れた人類の天敵、ドラゴン。

天から降り立った、あるいは、地より這い出たドラゴンたちにより世界は瞬く間に滅ぼされた。サンダウナーという名は、この悪夢めいた滅びの世界で生き延びるための処世術としての名前。今ではドラゴンの狩人として広く知られた通り名である。それは彼の本懐ではないが……彼は、サンダウナーと呼ばれた男は深くため息をついた。

「ああ、足を引っ張らんように気をつける。報酬はちゃんと払ってくれよ」

「もちろんだ。作戦の成果によっては追加の報酬も検討しよう」

「それと……」

男は、サンダウナーは、自分の首に装着された黒い物体を指差す。その指はわずかに震えていた。

「わかっている。……すまないとも思っている。サンダウナー、作戦成功の暁には、その首輪を必ず外すと約束しよう。皆もそうだ」

サンダウナー含め、整列された者たちは、皆、同じ首輪を装着していた。いや、強制的に装着させられたのだ。黒く艶があるメカニカルな首輪は、小さな赤いランプの光を明滅させている。

爆弾だ。

"裏切り者"と"臆病者"の首を吹き飛ばし、殺すための首輪型爆弾。

びゅう、と風が吹いた。黒い風が鳴いている。整列した者たちは一様に身震いした。これから向かう地から吹く死の風が、遠く離れたこの闇夜を冷やしているのだ。皆、それを肌で感じていた。

ここはルート66。かつては、メインストリート、またはマザーロードなどと呼ばれていた道路。その夜の荒野の岩場に隠れ、軍隊めいて整列させられた者たちは、全員がこの隻眼の兵士が宣う作戦のために集められた。その数、サンダウナーを含めて九人。どのような経緯で集められたかはそれぞれ異なる。ある者は報酬のために、またある者は享楽のために、またある者は死に場所を探して。サンダウナーの場合は、廃墟を去り、荒野を抜けた後、キャラバンと合流した。キャラバンとは、このような文明が滅び切った世界でもたくましく生きる商人たちの集いだ。そこで仕事依頼を再び受けようと酒場で安酒を頼んだのが彼の運の尽きだった。買収された主人によって睡眠薬を盛られたサンダウナーは、彼が夢の中にいるうちに爆弾付きの首輪を装着され、そして、ルート66に運ばれたのである。サンダウナーは起きた後も悪い夢にうなされた気分を味わい、嘔吐した。覚めても終わらないめまいとまどろみ。それは、まるで、突如として世界を覆い尽くし、文明を滅ぼしたドラゴンという最も邪悪な夢を見せられている人類の苦しみそのもののようだった。すべて夢だったらどんなに良かったか。竜が地球上に溢れかえり、人を滅ぼすなどと。荒唐無稽、およそ信じられないことである。だが現実だ。この世界も、この嘔気も。人の子らはいまだ悪夢の中にいるのだ。

「では、今から三人ずつ三組に分かれて移動する。私とブラウンとジョンソンがそれぞれの小隊長として諸君らを率いて潜入、作戦を遂行する。ブラウン!ジョンソン!」

集められた九人の背後からさらに二人の軍人が呼び出された。顔面傷だらけの優男ブラウンと、坊主頭にタトゥーを入れた女ジョンソン。二人とも歴戦の兵士であり、隻眼の兵士ことチェスター・ハーディング大尉の優秀な両腕である。彼の指示通り、二人は集められた者たちを分け、一人の小隊長と三人の傭兵から構成される四人小隊を組み分けた。

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

一人が声を上げた。スキンヘッドの巨漢だ。その後頭部には、自身がドラゴンを殴り殺しているタトゥーが誇らしげに彫り込まれている。

「な、なあ、あんたら、本当にわかってるのか。あそこには……あ、あそこは地獄だ!あんたらだって、あの、呪属性ダムドゥドラゴンの名前ぐらい聞いたことはあるだろう」

呪属性ダムドゥドラゴン。

その名が呟かれたとき、場にいた全員が動きを止めた。呼吸をすることを忘れた者さえいた。それはあたかもドラゴンの邪悪な呼び名という呪文で時を止めたかのようであった。しばしの沈黙。ようやく隻眼の兵士が口を開いた。

「……ブラウン隊は北へ迂回し南下、ジョンソン隊は南から海沿いを通って向かえ。我々はこのままサンタモニカを通り、最短距離で中心部へ向かう」

「おい!おい!聞いてるのか!」

「なんだ?」

「いや、だから」

「わかっているとも!呪属性ダムドゥドラゴン、恐ろしい竜だ。名を聞くだけで身の毛がよだつ。あとは、怨属性グラッジドラゴンと、憎属性ヘイトレッドドラゴンだな。この三匹がターゲットだ。奴らを追うのが今回のミッション!ブリーフィングは以上だ」

隻眼の兵士は首を傾げ、おどけたように両手を上げて肩をすくめて見せた。

「他に質問は?」

「……その三匹とやり合うってのか。マジかよ。だって、奴らは……」

「やり合う必要はないぞ。そうだな。そうならなかったら良いな。竜どもを積極的に始末するというよりも、連中が所有する"禁断の紋章"をかすめ取ることが出来たらそれで良いんだ」

「イカれてる。自殺行為だ。俺は降りさせてもらう」

「そうか。では死ね」

隻眼の兵士ことハーディング大尉が言うや否や、彼の手首の携帯端末が操作された。そしてタトゥー男の太い首は間髪入れず軽い破裂音と共に弾け飛んだ。虚空へと跳ね飛ぶ生首。命乞いをする暇も無い死。ちぎれ飛んだ頭部はべしゃりと落下し、転がり続け、闇に消えて行った。首を失った胴体からは、蓋を開けたペットボトルの中身のように血液がドクドクと吹き出している。

「ハハ、犬死にだな。なあ!みんなはどうだ!何か質問はあるか?降りたい奴はいないか?」

誰も答えない。首を横に振る者と冷や汗を流す者が数名いる程度である。

「ブラウン少尉、君のチームのメンバーが減ってすまんな。異論はあるか?」

顔面が傷だらけの優男、ブラウンは無表情のまま無言で首を横に振った。彼は感情表現に乏しいものの、ハーディング大尉の忠実な部下であり、逆らうことは決してない。また、奪属性ブラガードラゴンとの戦闘により彼は声帯を失っている。

ハーディング大尉はニヤリと笑い、腕組みを解き拳を突き出す。

「点呼を取るぞ。サンダウナー!」

「ああ」

「ギフト!……毒使い、ギフト!貴様だ!返事をせんか!」

「ひひ、ひ、はい、はい。ひ、……クスリの方は頼みますよ、ねえ、ダンナ」

「ふん、卑しい男め。だが貴様の技術と知識は頼りにしている」

「ひ、ひ、どうも」

「ヴェロニカ!ヴェロニカ……ザ・レッドフード!狼殺しの赤ずきんの実績、期待している」

「……りょーかい」

名を呼ばれた三名が応えた。ひときわ異様な空気を放つ三名である。この者たちを信用して良いのか?本当に?ハーディング大尉は自身の不安を咳払いでかき消し、続けた。

「サンダウナー、ギフト、ヴェロニカ。お前たち三人はこの私と一緒だ。我々は正面から行く。当然、もっとも危険なルートからの侵入だが、そのぶん報酬も弾むぞ。作戦成功の暁には君たちは英雄として語り継がれることになるだろう。さあ、首輪など気にするな。犬死によりも勝利を掴め!」

総隊長格、隻眼の兵士チェスター・ハーディング大尉が檄を飛ばすと、それぞれが古びたジープに乗り込んで行く。この寄せ集めのドリームチームはとある目的で集められた。彼ら、彼女らは、全員が全員とも音に聞こえたドラゴンキラー。ドラゴンを殺したことがある者たちだ。ドラゴンハンターとして知られるサンダウナー、毒使いの異名を持つ老人ギフト、狼殺しのヴェロニカ、他には、竜喰いと噂される賞金稼ぎや、死神と呼ばれ忌み嫌われる元軍人、脱獄王と称される盗賊もいる。しかしながら、こういった精鋭の集結にありがちな浮き足立った雰囲気は全く見られない。これから向かうのは、生きて帰ることが絶望的であるどころか、死ぬよりも恐ろしい目に遭うかもしれない場所だからだ。

死都、ロサンゼルス。

かつてはアメリカの映画産業やエンタテインメントの発信地として栄えた大都市。だが、今はもうただひたすらに広大な廃墟が広がっているだけだ。いや、廃墟などという表現は生ぬるい。生きている人間は一人としていない本物の地獄がそこにはあった。ロサンゼルスはたった一晩で滅んだのだ。わずか三匹の悪魔の如きドラゴンたちの手によって。

呪属性ダムドゥドラゴン、怨属性グラッジドラゴン、憎属性ヘイトレッドドラゴン。

おぞましい破壊と殺戮をもたらしたドラゴンの魔手をかいくぐり、禁断の紋章と呼ばれる秘宝をかすめる……それがこのドリームチームの目的。チェスター・ハーディング大尉がなぜこのような自殺行為とも呼べる作戦を発案したのか、彼にどの程度の勝算があるのか、そして、ロサンゼルスを一夜にして滅ぼしたドラゴンたちの異能とは?また、禁断の紋章とは何か?隠された真の目的とは?

人の子の欲望が竜の残忍な意思にさらされ、それが絶望へと堕ちるとき、死より恐ろしい惨劇の幕が上がる。誰もいなくなった夜の荒野に再び黒い風が嘶いた。それはまるで死地へと向かう哀れな傭兵たちへの哄笑のようだった。思惑と謀略。そして恐怖が濃密に混ざり合い、呪いが渦巻く死都へ。

【続く】

#小説
#パルプ小説
#逆噴射プラクティス
#逆噴射小説大賞
#dhtls
#SF
#ドラゴン
#ホラー

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?