サーモンの行方
適当にちぎったレタスに新玉ねぎのスライス。
5枚切りの山切りトーストを焼くこと5分。
「あれ、サーモンがいない」
「いない、じゃなくて、ない、だろ。」
「ここにいたはず。あれ、わたし解凍した?」
チーン
「おなかすいた」
「あ、ゆで卵食べる?昨日余計にゆでたのが冷蔵庫に、、、あれ、無い。」
チーン
「ねえ、トースト、コメダにしたい」
「ああ、あんこね。あんこ。あれ、アンコ??」
チーン
私の記憶が正しければ8年に一度くらいこういう日がある。(さて、どれがトーストの焼けるチーンで、どれが残念な時のチーンでしょう)
行方知れずのサーモンに動揺しながら、想定外の目玉焼きを焼く。
トーストに乗せることを考慮しての両面焼き。
黄身を潰してからひっくり返す。ぶちゅ。
なんだか少し、残酷なことをしているような気さえがしてくる。
「実は私、目玉焼きは両面焼きが好きなの」
「ふうん」
どさくさに紛れての告白。
妙な性癖を知られたようなこの気恥ずかしさは何だろう。
「本当はナンプラーをかけたいの」
「ふうん」
今朝の私はちょっとドラマチック。
きっとあのサーモンが、今の私から幾ばくかのルーティンを奪って大海に逃げたのだ。
アトランティックなアイツはきっと大西洋に居るに違いない。切り身に潮が染みるぜ、とか言っちゃって。
そして意外なことに、私は彼の帰還を望んでいない。
黄身の染みた、(私的にはやや猟奇的な)トーストを噛りながら、失われたルーティンの隙間を新しい何かで埋めてみようかなと思う。
チーン
頭の中で、私にしか聞こえない何かが鳴った。
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発行所:アトリエはなこ
著者:はなむらここ
💌:atelierhanaco@gmail.com
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