![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/88610500/rectangle_large_type_2_8f38ee0d91f6dcbe771d572bc5323a05.jpeg?width=1200)
建築感動の初体験はガウディでした
旅を通して人と人を理解するのはわたしは大好きです。
旅行は建築にとっても、人生経験にとっても
切り離せない重要な要素になると信じてるからかな。
タイトルの通り、私が初めて建築に感動した体験は
16歳の時のバルセロナ、ガウディ建築に触れた時です。
その代表格とも言える、サグラダ・ファミリアに2度訪れた時のことを今回は書こうと思います。
16歳当時の写真を漁ったのですが、当時の私の写真技術があまりにひどかったのでこれくらいしか載せられるものなかったのですがw
まだ、塔が数本しか(確か8本?)建ってないことがお分かりいただけるかと思います。
![](https://assets.st-note.com/img/1665297000079-C5kOgOhhMR.jpg?width=1200)
なぜ感動したか?というと、まず、見たことがなかったこと。
もちろんTVやメディアを通して存在は知っていたけど
建築を「体感する」というのはこんなにも五感を通して身体に刺激がくるものなのかと感覚的なショックを覚えたこと。
建築を彫刻することってできるんだ!という観点の違いの衝撃。
こんなに感性的な感覚的な建築にも、からなずロジックが存在すること。
この面白さに開眼したことをよく覚えています笑
それがきっと、記憶としてかなり芯に近いところに刺さったので
わたしは今、空間を表現する立場に身を置いているのだと思います。
そして16歳から数えて約10年後の26歳の時。
社会に揉まれて息苦しくなっていた私は貯金したお金で2ヶ月のバックパック旅を決心して
14カ国を旅するのですが、そのスタート地点にはバルセロナを選びました。
また、サグラダ・ファミリアの進捗を確認したかったからです。(現場監督か?)
![](https://assets.st-note.com/img/1665297062279-a0WrRPIupo.jpg?width=1200)
10年の時を経て、天井が出来上がってました。
16歳に行った頃はまだ天井がなく、雨ざらしの内装を楽しみました。
なので、内観を見た時「こんなに白かったっけ?」と思うくらい
石の表情がまるで変わってましたね。
光の入り方を設計すると、こんなにも空間は変化する。
![](https://assets.st-note.com/img/1665297100721-ZKkBQpyKrp.jpg?width=1200)
わたしがこのサグラダ・ファミリアを好きな理由の一つに
植物や自然をモチーフにして建築ロジックを組み立てているところがあります。
この天井の光も、森を見上げた時に溢れてくる木漏れ日を表現しています。
![](https://assets.st-note.com/img/1665297133354-OGv2ouVIuo.jpg?width=1200)
また、ふっと力を抜くと、ガウディはこんな無機質な空間も作っています。
これは確か塔を登る時に見える階段の吹き抜け空間だったと思うんですが。。
あの塔の中にはまた自然を彷彿とさせる貝殻の渦巻き状の螺旋階段があって
そのヴォイドからいくつもの光がこぼれ落ちるようになってるのですが
礼拝堂のそれとは全く空気の質が変わって、それもまた面白い。
あんな煌びやかな美しい空間をデザインできる人が、裏方ではこんな無機質な空間も作れるのかと、思わずシャッターを切った一枚でした。
![](https://assets.st-note.com/img/1665297195734-1k6jQBcSdV.jpg?width=1200)
![](https://assets.st-note.com/img/1665297224169-C2Crfd7JOB.jpg?width=1200)
建築の模型スタジオ。
この中には入れないものの、見学できるのはとてもありがたく面白い体験です。
ガウディのスケッチからしか設計図を組み立てられなかった当初から考えると、この建築プロセスもものすごく進化しています。スケッチ→模型屋モックアップ(1/20〜1/1まで)→CG技術→3Dプリンター技術。でも、これらのプロセスを支えているのは一つの思想(スケッチ)ということも真実。
![](https://assets.st-note.com/img/1665297256156-a8IemZuTsb.jpg?width=1200)
![](https://assets.st-note.com/img/1665297285439-2uXwVA4U5P.jpg?width=1200)
![](https://assets.st-note.com/img/1665297298132-YnjpZz19k0.jpg?width=1200)
全ては根拠。
どんなに魅力的なアイデアでも、どんなに面白い発想でも
Whyーなぜそれが必要なのか?(文脈的根拠)
Howーどうやってそれを作るのか?(構造的根拠)
Whatー何ができるのか?(結果)
これらがしっかりと組み立てられていないと、どんな場合の建築も成り立たない。
建築は結果だから。
一見、ただひとりの彫刻家が自分の想い想いに彫っただけのようにも見えるこの建築にも、人の心を動かすような文脈的根拠があった。150年前からそれをどうやって作るかの、構造的数学的根拠を組み立てていた。それが歴史と共に技術が進歩して、今は3Dプリンターとクレーン技術の向上により、竣工時期が早まりました。
![](https://assets.st-note.com/img/1665297478026-3S2KMaWxSZ.jpg?width=1200)
その結果、キリスト教における12人の使徒をモチーフにしたバルセロナのための教会は、150年以上経った今もなおプロジェクトとして生きている。その影響は世界にまで及び、今は全世界の人々がその竣工までのプロセスを見届けたくて、足を運んでいる。
ただの自我やエゴが先行しただけでは、ここまでのプロジェクトにはならなかったはず。
![](https://assets.st-note.com/img/1665298025242-vj9kAoRqtp.jpg?width=1200)
このような偉業、現代のわたしたちには到底できないことですか?
ガウディにできて、わたしたちにできない理由はなんですか?
プロジェクトがないからですか?
お声がかからないからですか?
運を持ち合わせていないからですか?
自分がそれほどまだ技術的知識を持っていないからですか?
・・・
そうやって、思考を止めている原因はなんですか?
と、自分に自問すると、自ずとやるべきことが見えてくる。
この記事を作りながらもわかりました。
「ああ。だから私は100年デザインをやりたいんだ。」と。
その源流にこの体験があったのだと。
この話はまた長くなるので別の機会に投稿します。
もちろん私は、今なお道半ばな存在です。まだまだこれからの身。
今はそんなポジションも確立してないし、そんなプロジェクトがない。
あ、でもダメダメ。思考を止めちゃ。
だったらプロジェクトを作ればいい。
”どうやったらできるか?”を考えればいい。
人を巻き込みたいなら”なぜ、それをやりたいのか?”という揺るぎない根拠をつくればいい。
自分で考えても答えが出ないなら、人と組めばいい。
人の話を聴けばいい。
自分自身、この投稿作りながら、ガウディからまた刺激をもらいました。笑
これは、わたしのものづくり魂の原点に存在する旅の思い出です。
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?