未来に向かう時のアイデアの断片は、過去の人類に世界史実践の中にちりばめられているのではないだろうか
書誌情報
小川幸司責任編集『岩波講座世界歴史 01』岩波書店、2021年.
本書は現在刊行中の岩波講座世界歴史の第1巻である。2022年度から高等学校で始まった「歴史総合」を受けて、歴史教育と歴史学の接続が意識されている。また、近年話題になることの多い歴史認識やジェンダーに関する問題、さらにはグローバル・ヒストリーにも意識を向けている。
各巻とも展望、問題群、焦点(、コラム)という構成になっている。また、執筆陣には歴史家以外の方々も名を連ねており、歴史学という学問のあり方をも問い直そうとしているのかもしれない。
展望
冒頭は、東日本大震災発生直後の双葉郡消防士たちの描写から始まる。一見歴史とは無関係に見える描写だが、そこにも世界史実践がなされていることが明らかにされる。これを糸口として、古代から現代に至るまで、様々な人たちが世界史実践を行なってきたと主張する。
日本における世界史実践についても言及される。学問としての歴史学は西洋から輸入された。以後、歴史教科書も変遷を遂げてきたが、近代以降をヨーロッパの拡大と非ヨーロッパの抵抗という二項対立で捉える構造は、大正以来変わっていないと指摘する。
教科書記述に限らず、現代には歴史にまつわる多くの問題が山積している。そのなかにおいて、世界の多様な社会・文化の歴史と対話をしながら、「私たち」を問い直すことを説く。また、冒頭の記述に立ち返って、世界史では過去に生きた「いのち」に対するリスペクトも負っており、過去や現在、未来との対話の積み重ねが重要であるとする。
問題群
問題群には3つの論文が収められている。時間、空間、そして世界史認識についてである。
歴史を紡ぐ上で、世界共通の「時間」が必要になる。その「時間」として、キリスト紀年が用いられている。もともとは宗教性を帯びていたこの紀年法が、どのように脱宗教化していったのか、その過程が明らかにされている。
一方で、時間と比べて議論が進んでいないとされるのが、空間である。空間をどのように捉えるのか、それは歴史をどのように認識するのかということにつながる。本論では、地域の持つ意味を検討している。
3つ目では、現代歴史学の歴史をたどり、近年活発な議論が展開されているグローバル・ヒストリーがなぜ誕生したのか、その背景を明らかにしている。また、グローバル・ヒストリーの現状や課題についても言及している。
焦点
ここでは7本の論文が収められている。
先ほども述べたように、ジェンダーに関すること、歴史認識をめぐる問題などを取り上げている。歴史認識については、ポーランドを事例として、ヨーロッパ・スタンダードと自国の捉え方との間の矛盾あるいはせめぎ合いが描き出されている。
また、今も私たちが向き合っている感染症の歴史についても触れられている。それ以外にも、歴史教育の転換について中等教育の側からの論文も収められている。
コメントなど
問題群において、時間に関する論文があった。その「おわりに」によると、本論考の着想は、物理学の絶対零度に関する議論から得たという。私には、歴史家は歴史に関する人、モノと関わっているだけではいけないというメッセージのようにも見える。
歴史という枠の中でだけで物事を考えていても、新しい視点、画期的な発見を見出すことは難しい。そのため歴史学以外の分野にも高くアンテナを張っておくことが、とても重要であるということだと思われる。視野の広さが学問の蛸壺化を防ぎ、また他分野とのコミュニケーションを可能にするものであると考える。
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