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共犯の味

台風や低気圧のせいですこしだけ気温の低い日が続いた。
といっても「猛暑日」じゃなかったというだけの話で、今日は34℃。
カーテンの隙間からあふれる陽射しは真夏のものだが、蝉の声はしない。
気温が高すぎるからか、それとも秋を待たずに生命が尽きてしまったのか。
あるいは、これが令和における「秋」の姿なのか。

スーパーで「秋刀魚」が並んでいるのを見た。
1尾200円(税別)。
昔は、初物に惹かれながらも「100円になったら買おう」と欲望を抑えていたが、昨今は不漁もあって自分の中では「150円になったら買ってもいいか」という気持ちがある。
今年は、豊漁という話を聞いたような気がするのだけれどどうだろう。

梨は食べた。
私の好きな「幸水」は、お盆を過ぎると地元産は手に入りにくくなり、東北産などに移っていくが、販売量は減る。
いま一番多いのは「豊水」だろう。
毎年、お盆のときに、焦って「幸水」を食べることが多く、するともう「今秋の梨は食べた」という気になる。
甘くてみずみずしい。

桃も食べた。
これは種類の名前がわからない(忘れた)。
冷凍すると皮がつるりと剥けるというので、食べたさよりも「剥きたさ」で買ってしまった。
つるりと剥けたのは気持ちが良かったが、そんなに甘くなかったのは残念。
まだひとつ冷凍庫にある。
冷凍すると冬まで持つと聞いたのだが、これも「剥く」楽しみのためにとっておいてある。
ゆで卵の殻をつるんと剥いたり、イカの皮をペロンと剥いだり、カサブタをパカッと剥いだりするのが私は好きである。

昨日、スーパーで秋刀魚は思いとどまったが、即断で買ってしまったのが「いちじく」である。
秋刀魚は、冷凍ならば秋を逃しても食べられるが、いちじくはそうもいかない。(ドライフルーツは勘定に入っていない。)
いちじくを見つけたら、高くても小さくても即買いする。
秋の「旬」のなかで、最上位である。


子供のころ、住んでいた集落には、いちじくの木があった。
うちには家も土地もないから、どこかよそさまの敷地である。
そこのうちのかたが「早くしないと鳥が突っつくから」ともいでくれたものである。

世に、庭にいちじくの木を植えてはいけないという迷信がある。
当時は「一字苦」だからだと思っていたが、花も実もつけない「無花果」は、子孫断絶につながるからというのをあとで知った。
嫁してからは「子を成せない私に似合いではないか」と自虐的になるが、その場に居合わせた人々がどういう顔をしていいかわからなくなると思うので、声に出して言ったことはない。

東京に引っ越してから初めて、いちじくは果物屋さんで買うものと知って驚いた。
それがまた高いではないか。
驚愕だけでなく憤慨である。
しかし、そのために今日明日のおかずが買えなくとも、母もまた手を出さずにいられないのだった。

田舎で借りていた納屋には、家主が好意で用意した手作りの窯しかなかった。
トイレも風呂もないのだ。
上京して住んだのは両親が働く工場の2階だから、相変わらずこれらはなく、お湯は事務所の水場にある「電熱」と呼ばれる一口のコンロで沸かした。
手の込んだ料理など作れるはずもない。

だから、果物はありがたかった。
そのまま食べられるから。

いま、いちじくと検索すると、ジャムやソースのレシピが多数ヒットする。
私もイチゴやリンゴのジャムやオレンジソースは作るが、いちじくはそのままでしか食べたことがない。
これは、母との思い出の中でかけがえのない幸せな瞬間なのだ。

よく熟れたいちじくを2つに割る。
半分にされた実の中身を反らすように皮を持つ。
そして、唇で赤いところをこそぎ取るように食べる。
いちじくは、舌ではなく、唇で味わう食べ物なのだ。

成熟した母と、少女の私。
女二人が唇をめくらせて身をこそぎ取る。
紅もない乾いたふたつの唇が果汁で濡れ、あふれてこぼれる。
それを手の甲でぬぐい、そのお行儀の悪さを恥ずかしむように笑いあう。
母と娘が共犯となり、禁忌を侵すような快感がある。

父も兄も夫も舅も、いちじくを食べなかった。
夫は特に、私のこの食べ方を下品で野卑と言って嫌ったので、私は彼の帰宅が遅いときを狙ってこっそりと買い求めて食べた。
冷蔵庫にあるのも、見つかってはならなかった。

一人になったいまは、堂々と購入できる。
そして、煮たり濾したりもなく、必ずそのまま食べる。
そういうときの顔が、唇のかたちが、母に似ているのではないかと思いながら。


読んでいただきありがとうございますm(__)m