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5歳息子「この服着たくない」。込められた想いは、服へのこだわりなんかじゃなかった

「あのね、ぼくね、このふくきたくないんだよ」
何の変哲もないある日の朝、5歳の息子が唐突にこう言った。

息子は毎朝夫と一緒に起床し、その後夫が息子の服を選び、朝食前にその服を自分で着る。これが彼の朝のルーティンだ。

しかし、この日は違った。自分が袖を通した服のデザインをじっと見つめた後、彼は目に涙をいっぱい溜めて、か細い声で先程のセリフを吐いた。

その服は、前日家族でららぽーとに行った際に購入した新品だった。ちょっとポップな雰囲気の人物とお菓子のイラストがあしらわれている長袖Tシャツで、自分で買っておいてこういうのは何だが、割とおしゃれでかわいいデザインだと思う。

しかし、息子はそれを拒否した。今まで彼は特に服に対してこだわりを見せたことがなかったため、私たち夫婦はいつも自分たち好みの子ども服を彼に着せていた。

あまりにも萎縮して、切なそうな顔で「きたくないんだよ」なんて言うものだから、私と夫は“買ってもらったばかりの服を着たくないなんて言って、申し訳ない”という感情が、彼の胸中に渦巻いているのだろうと推測した。

「そんな泣かなくても大丈夫だよ、これ嫌なんだね。じゃあ柄が入っていないのにしよう」

そう言って、その日は息子にシンプルな無地の服を着せて、そのまま幼稚園に連れて行った。

「息子もついに自分が着るものにこだわるようになってきたのかね」
そんな呑気な会話を夫とした、なんてことない朝だった。

しかし、これはとんでもない勘違いだったのだ。

そのことが発覚したのは、翌週の朝。

その日は、夫に代わり私が息子の服をチョイスしたのだが、ボケボケな私は先週の出来事をすっかり忘れ、再びかわいらしい人物イラストがあしらわれた服を息子に着せようとしてしまった。

そして息子は全力でそれを拒否した。

「だから、ぼく、こういうのいやなんだよ!」

先週の涙目モードとは打って変わり、今回は少々お怒り気味だ。

凄まじくダサいとか、めちゃくちゃ汚れているとか、そんな服を着せようとしたならまだしも、この日着せようとした服は新品でデザインもかわいいちゃんとしたブランドものだ。そりゃあ、子どもにとってはブランドものだろうが何だろうが、そんなことはどうでもいいかもしれないが、私自身が気に入って購入した服であったため、あまりの拒絶っぷりに私も少しいらっとしてしまった。

「お母さんが君の意見を聞かずに勝手にお洋服を買ったのは悪かったけどさ、何がそんな嫌なの?理由も言わずにそんな嫌がるなら、今度から服を買う時はちゃんと一緒に選ぼうよ」

ちょっと強めの口調で、私は息子に言う。

すると息子が、予想だにしない返答をしてきた。

「……こーゆーふくきると、ようちえんのみんなに、わらわれるんだよ……」

少しうつむいて、恥ずかしそうに、申し訳なさそうに、もじもじうじうじしながら、息子がぼそっと、そう言った。

その言葉を聞いた時、鬼の金棒みたいな強烈な鈍器で、後ろから誰かに頭を思い切りガツーンと殴られたような、すさまじい衝撃が私に走った。そして、咄嗟に息子を抱きしめた。

「そうだったのか。お母さん、何も知らないでごめんね。それは嫌な思いをしたね。じゃあ今度から、この服はお休み日に着る服にしようね。でも、今度誰かに自分が着ているものを笑われたって、あんまり気にしなくていいんだよ。だって、君が着ている服は、お父さんとお母さんからしたら、とってもかっこいいんだから」

そう言うと、息子は少し安心したように

「わかった」

と言った。


小さい頃に、自分の身だしなみや言動を友達にからかわれた時の何ともいえないムズムズする嫌な感情は、ものすごくよくわかる。すごく恥ずかしくて、逃げ出したくて、思わず拳をぎゅっと握っちゃうけど、それを誰にも知られたくなくて、でも本当は誰かに聞いてほしい、そんな感じ。

そして先週、息子は自分が笑われたことを、私と夫に知られたくなかったのだろう。それは5歳の彼のとても小さくて脆い、プライドのようなものだったのだと思う。

誤解がないように言っておくが、息子が通っている幼稚園に、嫌がらせ的な意味合いで友達のことを笑ったりする子どもは、いない。これは断言できる。息子の通う園は小規模なので、息子と関わる子どもたちの顔や雰囲気はおおよそ認識している。普段息子と遊んだり喋ったりするお友達は、皆本当にとっても良い子たちなのだ。

きっと息子の服を笑ったお友達は、何の悪びれもなく、とっても純粋な心で、「その絵、なんかおもしろいね!」なーんて言ったのだと思う。

そしてその言葉に、息子はちょっと傷ついてしまったのだ。

きっと誰も悪くない、加害者も被害者もいない、大人からしたら、いつもと変わりない、子ども同士の他愛ないやりとりだったのだろう。

何というか、本当に仕方ない、どうしようもないことだったのだと思う。

ひとまず今後は“幼稚園に着ていく服はシンプルなもの一択!”と取り決めたことで、息子の心は平穏さを取り戻すことができた。

きっと今後彼は、お友達同士のやりとりで一喜一憂したり、時には自分が誰かを傷つけたり、それに凹んだり、色々な理不尽さを感じたり、今まで知らなかった様々な複雑でどろどろした感情を知っていくのだろう。

それはいずれも彼が成長していく上で欠かせない心の栄養で、経験すればするほど彼の感性を豊かにしてくれるものだと思う。

「お父さんとお母さんは、いつでも君の味方だよ」

息子のお洋服事件(?)が発覚した夜、寝る直前のベッドの中で息子にそう語りかけると、息子は

「ぼくもおとうさんとおかあさんのみかただよ」

と返事をした。今にも寝てしまいそうで、夢うつつのむにゃむにゃした声だったが、その言葉にはまるでドラゴンボールの元気玉のような、とても強いパワーが秘められていたように感じた。

(負けるな息子よ)

何に負けてはいけないのか、その対象は私自身ももはやよく分からないが、とにかく負けてほしくない。
そんなことを願いながら、息子と手を繋いでそっと目を閉じ、どうにも忘れられなさそうな平凡で濃ゆい1日を終えた。

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