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研究室運営にもコーチングのスキルが不可欠では

新コーチングが人を活かす』(鈴木義幸著)という書籍を読みました.


コーチングというのは聞き慣れない言葉だったのですが,本書ではコーチの定義について

コーチとは「人の主体的な行動をうながせる人」「相手の中にある情報を一緒に探索,発見し,未来に向けた原動力に昇華することのできる人」です.(SKILL 7)

と記されています.

これを読んでいて,もしかしたらここでいうコーチというのは,今後研究室を運営する際,メンバーと一緒に研究を進めていく上で望ましい姿なんじゃないかなと思いました.

実際,これまで大学院生と一緒に研究していく中で,スタッフ側に立つ者として経験的になんとなくこうするべきかなと思って心掛けていたり,周囲の方々の指導方針に対してそれってどうなんだろうと疑問に思ったりしていたことがこの本のあちこちで言語化されていて,いろいろと興味深く思いました.

この本の言うコーチのような存在になることは簡単ではないかもですが,備忘録として,読んでいて考えたことをいくつか以下に記しておきます.こういう書籍に書かれている内容は読むと当たり前のように感じることが多い気がするのですが,何かに注力していて忙しい時などについつい忘れてしまうことがあるかもなので,折に触れて読み返して普段の行動をキャリブレーションしていくのが良いのかなと思っています.

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個々人の強みを活かせるようなスタイルを模索する

人の性格はそれぞれ違うので,研究指導も個々の学生に合わせた多様なやり方があってしかるべきかなと思います.

ただ,大学や研究機関における研究室での指導方針というのは,学生個々人の個性に合わせたものというよりは,その研究室を主催しているスタッフが正しいと信じる型に学生をはめようとするもののように見えることがしばしばあります.

その型が学生個々人の多様性を受けて柔軟に変形するものであれば良いのですが,たいていはその主催するスタッフ自身やその人の周囲で見られる成功体験に基づいてすでに固められた型,といった印象です.そのため,学生の性質がそのスタッフ達とある程度似ているならば問題ないのですが,合わないとお互いに不幸な事態になりかねません.

このような状況は大学や研究機関に限らず企業でもよく見られることのようで,この本でも以下のような記述があります.

ビジネスの世界でも,上司は自分がかつて成功を遂げたやり方を部下に強要ちがちです.(SKILL 19より)

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スポーツを例に出して,名選手が名コーチになりにくい一方で,現役時代にあまり良い成績を残せなかったコーチだと自分のやり方にこだわらない分だけ選手個々に合わせた育成方法を考え出しやすかったりする,といった記述もあります.スポーツはちゃんとやったことないのですが,わからなくもないような.

そしてこんな記述もあります.

だいたい(のマネージャー)は「自分なりの育成方法」というのがあり,それをどの相手に対しても同じように使っています.
当然そのやり方でうまくいくケースもあればうまくいかないケースもあるわけです.そしてうまくいかない場合は「あいつに能力がない」と,部下のせいにしてしまいます.(SKILL 55より)
自分が思った通りに動かないのは気にいらない,だから叱る.
自分が言ったことをやらないのは頭にくる,だから叱る.(SKILL 44より)

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こうなると最悪ですよね.たしかに,傍から見ていて,そのやり方だと性格的になかなか厳しいんじゃないかなっていう方針を学生に強いているにもかかわらず,うまくいかないと愛のムチと称して学生に容赦なくダメ出ししていたり,場合によっては腹を立ててしまってしばらく疎遠にしてしまったり,といった状況も目にしたことがあるような....スタッフも人間なので腹の立つことがあっても仕方ないのかもしれないのですが.

コーチングの考え方では,人はそれぞれ異なることを前提として普段のやり取りを通して相手を理解することを心がけ,自発性に基づいた行動につなげられるような個別対応をすることを目指すようです.具体的な手法は本書を参照するとして,コーチングのスキルを意識することで不幸な状況に陥ることを防ぐことができて,なおかつ多様な人材の育成に貢献できるようになるのであれば,知っておいて損はないのかなと思いました.

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自発性を促すよう余裕をもって接する

コーチングの根底にある考え方は,相手の自発性を促して待つことにあるように思います.そのためには,特にスタッフ側は余裕をもって接することを意識して心がける必要がありそうです.

たとえば,相手に質問した際にすぐに答えが返ってこなかったら,その沈黙の時間を効果的に共有できるよう,

「好きなだけ時間を使ってゆっくり考えてください.それまで黙っていますから」(SKILL 6より)

といったことを伝えるべきという記述があります.そうすることで,互いに沈黙に対する気まずさが軽減されて,ちゃんと考えてやり取りしやすくなるとのこと.

学生とやり取りをする際,特に時間がなくて慌ただしいときは丁寧に説明する余裕がなくて天下り的にいろいろわーっと伝えてしまうことがあった気がします(反省).ただ,それだと威圧的に感じることがあるかもでその学生にとっても周囲にとってもおそらく不快ですし,その学生がちゃんと理解できたか確認することも困難と思われます.そもそもそういったミーティングで,次の機会までのアクションアイテムが出てきたとしても,それはその学生から自発的に提案されたものではなくて,基本的にスタッフ側がほぼ一方的に提案したものになってしまうため,その意味でもいまいちと思われます.

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また,質問をする際の聞き方にもいろいろと気を付けるべき点がありそうです.たとえば,

コーチングは「なぜ」のかわりに「なに」を使うことを提案しています.それは,「なに」を使った質問のほうが,内側にあるものの発見に至りやすいからです.
「なぜ」といわれると,現実を客観的にとらえその理由をあげるというよりは,とりあえずそれ以上攻撃されないように防御壁を築きたくなります.(SKILL 5)

とあって,たしかにこれもその通りかもと思いました.安直に質問するのではなく相手の立場も想像して,やり取りがどんどん広がっていくようなコミュニケーションを心がけたい.

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相手にとって真のコーチになれるような言動を心がける

そもそも相手にとって真のコーチになるためには,これまでの経歴や肩書はきっかけのひとつにしかならなくて,その相手が心理的安全性を感じてくれるような関係を築くことが重要と思われます.そのための方法はやはり地道なもので,本書では以下のように書かれています.

協力者として選ばれるための第一歩は,相手が下ろしているシャッターを少しでも上げることです.そしてシャッターを上げるには,常日頃から「通りがかりの一言」を大切にする必要があります.
「おはよう」
「ありがとう」
そんな当たり前の一言にどれだけ気持ちをこめられるかで,シャッターの上がり下がりは変化します.向かい合ってからはじめて重く閉ざしたシャッターに手をかけるのでは遅すぎます.(SKILL 1より)

こうした些細と思われるやり取りも忙しいとないがしろにしてしまいがちな気がするので,日々の行動を改めたいところです....周囲の方々のことを知って興味を持って,小さなやり取りを積み重ねていきたい.

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やり取りする際には,あいづちや繰り返しにもちゃんと意義があるようなので,意識して取り入れていきたいです.繰り返した上で必要に応じてポジティブな内容にリフレーミングしたり.

コーチングの基本的な哲学は「安心感で人を動かす」というものです.アメやムチで相手を動機づけるのではなく,安心感をおたがいの関係の中につくり出し,それを相手が行動を起こすための土壌とします.
相手に安心感を与える非常に強力な方法が「同じ言葉を繰り返す」ことです.(中略)
「同じ言葉を繰り返す」ことは,相手の意見に賛成するということではありません.相手が今そういう状態にあることを認めるということです.(SKILL 14より)

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あと,自分の気持ちをシェアすることも重要のようです.

上司は,自分の気持ちをどんどん部下に伝えたほうがいい.
「弱みを見せるようなことはできない!」と思うかもしれませんが,人が人に対して防衛を解くのは,なによりも相手の気持ちに触れたときだからです.(SKILL 16)

ふと,別の研究室での次のようなエピソードを思い出しました.
その研究室では週に一回互いの進捗を共有するミーティングがあるそうで,そこでは研究室を主催されている教授も進捗を報告をするそうです.学生やポスドク,若いスタッフの場合は研究時間がそれなりにあるので研究の進捗を報告することもそれほど大変でない気がしますが,研究室を主催するほどにもなるといろいろと忙しくなるため研究の進捗はそれほどなことが多いかなと思われます.そのため,その教授も毎週報告をすると知って驚いたわけです.(そもそも教授になれるほど有能なはずの研究者を研究以外の理由で忙しくさせてしまう現状はどうなんだろうと思ったりもしますが.)

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それで,その教授も毎週報告しているのはすごいといったことを伝えたら,実際はその教授の話す内容が研究進捗であることは稀で,話しているのは様々な共同研究プロジェクトの進捗だったり,研究会で聞いた興味深い結果のシェアだったり,書類審査に追われているという近況報告だったり,なんだとか.いずれにしてもその教授だからこそ話すことのできる内容なので,毎回聞けることをとても貴重に感じているとのこと.

それを聞いて,たしかにそういった内容であればその教授でもできるし,かつ研究室メンバーにとっても研究室の主催者が今どんなことを考えているのかとか知ることができて,長期的に考えても信頼や安心といった感情につながったりするんじゃないかな,と思ったのを覚えています.

ただ,注意すべきなのは,スタッフの共有するものがネガティブな気持ちだとあまり良いことはないかなということ.人によっては当事者がいないところで,あの人にこういうお願いをしたらこんな大変な目に遭った,みたいなネガティブなエピソードを話している気がするのですが(自戒も含めて),そういう話を聞いていていつも感じるのが,この人は私のいないところで私のネガティブなことも言っているんじゃないだろうかということです.ネガティブなことを周囲に共有することは,言われている人の株を下げることだけでなくて,自分自身への不信感にもつながってしまう気がして,さらに全体の士気を下げるような行為のようにも思われて,チーム全体として良いことはない気がするので,控えるべきかなと思います.

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以上,『新コーチングが人を活かす』を読んで考えたことなどでした.
本書ではひとつひとつのSKILLがエピソードなどとともに短く列挙されている形式でパラパラと読みやすいので,折に触れてまた読み返したいです.


(追記1)

著者の鈴木義幸氏が設立した株式会社コーチ・エィの公式noteがあるようです.いろいろ参考になる記事がありそう.
https://note.com/hello_coaching/n/n57bb1e4fd9d5


(追記2)

研究現場で師弟関係がうまくいく例もある気がするので,そこから学ぶことも多いのかもとも思いました.ふと思い出したのは(読んでないけど)こちらの書籍.今度パラパラ眺めてみようかな,まだ書店にあるかな.
『メンター・チェーン - ノーベル賞科学者の師弟の絆』(ロバート・カニーゲル著)
https://amzn.to/3kMBYJV


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