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泪眸サーカス

 名前の無い移動式サーカス。テントは、赤と白いの縞々で、老いぼれたライオン一匹と疲れた道化師、嘗ての夢。
 今、テントはベルリンの郊外、小さな遊園地の隣にしんなりと潜んで居る。静。二十二時、開幕。
 ピエロの呼び声とオルゴールの音楽が流れたら、サーカスの始まりだ。客は疎ら、それ位が良い。チケットが折られ、レッドレルベットの簡易席に座ったら、いざ開幕の刻。
 「さあさ、この世は陳腐な夢だ!遊んでおゆき。」年老いた道化師が笑う。白化粧が皺で縒れる。
 まずは空中サーカス。この世とあの世を行き来するなんて素敵でしょ?十四歳のロリータ、青いドレスを纏って糸を操る。空を飛んで、銀河へ行くよ。キラキラと星が散るようで。
 舞台の真ん中には紫色と黄緑のボール、そしてライオン。
 アコーディオンが伴奏して、一時間程のショウタイムは続くよ。
 脚の無い夫婦が身体芸をする。腕を神様へと伸ばして。ネイルはエメラルドグリーン。
 いざライオンの登場だ。草臥れたそれは、ヨタヨタと歩いて来て、吠えもせず炎を潜り、鎖に攀じ登る。此の世は束の間の夢。
 夢?夢。そんなに素敵でも無いけれど。
 あっという間にショウは過ぎてゆき、道化師が長話を始める。皆んなが退屈し始めると、今夜のサーカスは閉幕だ。
 アコーディオンが懐かしいメロディを奏でる。それは微かな音で。
 さよなら、手を振るよ、現の総てにさようなら。
 悪夢を観て、ほら此の深い夜を越えられたでしょう?ふふふ。
 明日には屹度、サーカスは去るだろう。誰にも何も告げずに。渡鳥は挨拶などしないのが流儀だから。
 嘘を魅せて、美しく欺いて、君は短い夢を見られるさ。信じて。
 そう、サーカス。虚構、闇、孤独。あの世の入口、開いたら、さあおいで。一緒に甘い死を舐めやうじゃあ無いか。ふふ。

おたすけくださひな。