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切り方

 例によって例のごとく、お爺さんは山へ、お婆さんは川へと向かった。たまには仕事を逆にすればいいと思うのだが、そこは何らかの事情があるのだろう。とにかくお爺さんとお婆さんの役割は今のところずっと同じまま変わらない。いずれは変わることもあるだろうが、とりあえず今回も同じだ。お爺さんが山。お婆さんが川。

 さて、山に着いたお爺さんはまっすぐ竹林に入り込んだ。竹を切って持ち帰るためというのはもちろん建前で、竹を切らなければ話が始まらないからである。もう昔から何度も何度も繰り返してきたことなので、お爺さんとしてもさっさと終わらせて帰りたいのだ。いちおう良い竹を探すフリをしながら、お爺さんは迷うことなく目的地に到着した。
 目の前に一本だけ、キラキラと黄金色に輝く不思議な竹がすっと伸びているではないか。
「おお、なんということだろう。こんなに不思議で美しい竹を見るのは初めてだ」
 お爺さんは棒読みで言った。言わなきゃならないのでしかたなく言っているものの、絵本だのおとぎ話だの映画だのマンガだのでもう何度も繰り返し見ているから、今さら不思議でも何でもない。
「はああ」お爺さんは大きな溜息をついた。
 この竹を切るといよいよ物語が動き始めることになる。起承転結の起である。息を切らして山に登って竹林を掻き分けて、言いたくもないセリフを口にして、ようやく起なのだからめんどうくさい。お爺さんとしてはやってられない。
 黄金色に輝く竹をしばらく見つめたあと、お爺さんはしっかりと目標を定めて斧を振り上げた。そこでピタリと手を止める。
「金の竹だぞ。どうしてそんなに上を切らなきゃならないんだ? え?」
 お爺さんの胸の内に突然欲が生まれた。あからさまな金銭欲である。
「どうせなら、ギリギリのところで切って、できるだけ多く持って帰るべきだろう」
 そうだ。これは金なのだ。残すなんてもったいない。
 お爺さんはくっと目を開いて目標を定め直し、竹のできるだけ下を狙って斧を振った。
「ぐあっ」
 スパッと切れた竹の中から叫び声が聞こえた気がした。

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