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獲得した力

illustrated by スミタ2022 @good_god_gold

 子供のころからずっと続いているヒーローへの憧れは二十代の後半になっても冷めるどころか、ますます昂ぶるばかりだったから、新聞でその募集を目にするのと同時に、砂原は応募を決めたのだった。
『超能力の取得にご協力いただける方を探しています。詳しくは国防省まで』
 れっきとした国の機関が募集しているのだから、けっして胡散臭いものではないだろう。すぐに国防省のウェブサイトから必要な書類をダウンロードして応募の書類を整えた。志望動機にはもちろん、身につけた超能力で世界を救いたいからだと書いた。ヒーローならば当然のことだ。
 書類審査と数回の面接を経て、東京郊外の研究施設での合宿に参加したのが先週末のことで、いよいよ今日は超能力開発の特別セッションを受けることになっている。ついに憧れが現実になるのだ。スーパーヒーローになるのだ。
「どんな能力が発現するかは人によって異なりますし、事前にはわからないのです」
 研究主任はこれまで何度も聞かされた説明を繰り返した。
「ええ、充分に理解しています」
「場合によっては、手に負えない超能力が発現することもあります」
 砂原は無言で頷いた。緊張しているせいか顔が強張っている。
「我々では対処できない超能力が発現した場合には、処分される可能性があることもおわかりですね」
 スーパーヒーローになるのに相応のリスクを伴うのは当然のことだと砂原は思っている。その程度の勇気さえ持ち合わせないのなら、今後ヒーローとして活躍することもできないだろう。
「理解しています」砂原はきっぱりとした声を出し、渡されたペンで誓約書にゆっくりと署名をした。先が太くて書きづらいボールペンだった。役所で使っているボールペンはたいていこの書きづらいタイプなのだ。
「何か質問は?」研究員が聞く。
「あのう、超能力が発現しないってこともあるんでしょうか?」
「今のところ、発現しなかった人はいません。必ず何らかの超能力が発現しています」
「そうですか」砂原はホッとした表情になった。どんな能力を得られるにせよ、それを受け入れて使いこなせば良い。それがヒーローの宿命だ。
「それでは、こちらへ」
 白く清潔な部屋に置かれた大きな灰色の椅子には複雑な機器が取り付けられていた。椅子に腰を下ろすと上部から降りてきたヘッドセットが頭にぴったりとはまる。二人の若手研究員がテキパキと動き、砂原の手足と首、そして胸と腹にバンドを取り付けると、まったく身動きが取れなくなった。
「それでは大きく息を吸って」隣の部屋から研究員がスピーカー越しに話しかけてくる。
 すううう。
「そこで止めて」
 ガシャン。椅子の奥で金属的な音が鳴り響いた。
「吐いて」
 ふううう。
「もう一度、吸って」
 すううう。
「止めて」
 ガシャガシャガッシャン。今度の音はさっきよりも長かった。
「はい、お疲れさまでした」
 すぐにドアが開いて研究員が入ってくる。手際よく体中のバンドを外し、ヘッドセットを跳ね上げた。あっという間の出来事で、何が起きたのか砂原にはまだよくわかっていない。
「終わりですか?」
「それじゃ、隣の部屋でお待ちください。すぐに結果が出ますから」
「はあ」
 何か手違いがあったのではないだろうか。超能力が身についた実感はまるでなかった。

「砂原さん、お待たせしました」
 椅子に腰を下ろしてぼんやり待っていると、先ほどの若手研究員と研究主任が入って来た。手には大型の電子ノートを持っている。
「どうですか、どこか痛みますか?」
「大丈夫です。それどころか何も変化がありません」砂原は肩をすくめた。
 研究主任は電子ノートを覗き込み、指先で何かを押したり滑らしたりし始めた。
「何か発現したのですか?」砂原は不安げな声を出した。
「もちろんです。えーっと砂原さんにはですね、このデータから言うと」
 そう言ってもう一度電子ノートを覗き込んだ。
「テレポート、いわゆる瞬間移動の能力が発現しました」
「本当ですか?」
「ええ」
「こちらをお持ちください」
 若手研究員が一冊のパンフレットを砂原に手渡した。
『はじめに——新たに瞬間移動の超能力を身につけられた方へ——』
 こんな便利なものがつくられているのか。急いでページをめくると、研究所の所長挨拶に続いて、後援会長の挨拶、議員連盟の推薦文、さらには研究所の成り立ちと歴史、歴代所長の紹介、税金の使われ方の説明、超能力者としての心構えなどが十数ページにわたって延々と書かれている。
 さんざんページをめくったところで、ようやく目的のページに辿り着いた。
『やってみよう。はじめての瞬間移動』
「ああ、これだ」砂原はパンフレットに書かれている通りに準備運動を行い、リラックスした状態で椅子に深く座り直すと思考を眉間の一点に集中した。移動する先と移動したあとの自分の姿を強くイメージする。
 ぶるっ。一瞬、全身がゾクゾクしたが特に変化はなかった。さっきと同じ場所にいる。
「何も起こらないじゃないですか」
 砂原は研究主任に向かって不貞腐れた声を上げた。
「いいえ、ちゃんと瞬間移動されたはずですよ」
「何を言ってるんですか。移動していないでしょう」
 若手研究員の一人が主任の電子ノートを指差すと、主任も満足げに何度か頷いた。
「大丈夫です。ちゃんと移動しています」
「え?」
「砂原さんの獲得された超能力は、三センチほど瞬間移動できるものです」
「三センチ、ですか」砂原は親指と人差し指を三センチほど離して見せた。
「そう、三センチです」主任も同じように指で三センチの幅をつくる。
「超能力の獲得、おめでとうございます」
「おめでとうございます」若手たちが拍手を始めた。みんな嬉しそうな顔をしている。

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