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インタビュー「シリーズ『アジアと芸術』が目指すもの」鳳書院 松本義治代表取締役社長


「アジアと芸術digital」を運営する株式会社おおとり書院(東京・千代田区)では、本年2月、新たに松本まつもと義治よしはる氏が代表取締役社長に就任した。
 同社では、シリーズ「アジアと芸術」の第1弾として水墨画家・益瑶えきよう氏の『水墨のうた』を本年1月に刊行した。第2弾として本年秋に刊行が予定されている傅氏の新著や、「アジアと芸術digital」から生まれる今後の出版計画などについて、松本新社長に話を聞いた。

(聞き手:アジアと芸術digital編集部)


地に足のついた仕事をしなければならない



―― 代表取締役就任から3ヵ月余りが経ち、新しい立場になったことで気づいたもの、見えてきたものなどはありますか。

松本 鳳書院は現在、首都圏に4つの書店を経営する傍ら出版事業もおこなっています。私自身、これまで個人的には本を〝買う側〟であり、編集畑でしたので〝(書店に)売っていただく側〟という立場でしかものを見ていなかったわけですが、今度はブックスオオトリという〝売っていく側〟の立場にもなりました。

 鳳書院では社内のどの人間も、それぞれ〝売る側〟としての経験の蓄積があります。私自身も教わることが非常に多いと感じています。現場の苦労などにさまざま耳を傾けながら、本を売る現場としての店舗でなにが起きているのか。単に情報として知っていたことが具体的な実感を持って感じられるようになりました。

 また、他方では版元の立場でもあるので、各地の書店などにご挨拶に伺ってきました。思いがけず長時間にわたって貴重なお話を聞かせてくださった有力書店の経営者の方もいらっしゃいました。あるいは、地域に1軒しかない書店の店主の方から、地域を丹念に回って1冊また1冊と販路を開拓してきたお話もうかがいました。どこも、それぞれにご苦労をされています。

 ビジネスライクに考えれば、逃げ出してもおかしくないようなところを、本当に踏ん張ってやっておられる。それは、なによりも本が好きであり、本をお客様に届けることに生き甲斐を感じていらっしゃるからです。そういう方たちが日本全国にいるということを、実感をもって知りました。情報だけでは分からないことがたくさんあるんだということをあらためて感じましたし、だからこそ、私どもも地に足の着いた仕事をしていかなければならないと思っています。


密度が高いコンテンツ


―― 鳳書院では「アジアと芸術」という新シリーズに先立って、2023年4月から、このnoteで「アジアと芸術digital」をスタートさせてきました。

松本 ひとつひとつ、とても興味深い内容になっています。先ごろ完結した連載「法華経ほけきょうの風景」も大変ユニークな企画でした。今も連載が続いている写真家・木戸きど孝子たかこさんの「見えない日常」にしても、アメリカの牢獄でこの先どうなっていくんだろうという目の離せない内容です。篆刻家・和田わだ廣幸ひろゆきさんの「湖畔篆刻閑話」も、日本と中国の文化の精髄に迫る他では読めないものだと思います。

 それぞれのコンテンツの密度が本当に高いので、「アジアと芸術」というジャンルでの記事が着実に増えていることは、非常に大きな財産になっていると感じています。さらに多くの方々に読んでいただきたいというのが率直な願いです。

 全20回の連載だった、中国のノンフィクション作家・りゅう子超しちょうさんの「地に堕ちた衛星」も、劉さんの作品としては初めての邦訳です。中央アジア5ヵ国の旅を綴ったものですが、さらに倍くらいのnote未収録部分の邦訳が終わり次第、単行本化の運びとなる予定です。また、「法華経の風景」も目下、単行本化に向けて準備が進んでいますので、読者の方々には是非、楽しみに待っていただければと思います。

―― 「アジアと芸術」第1弾として本年1月に水墨画家・傅益瑶さんの作品エッセー集『水墨の詩』が刊行されました。さらに第2弾として、傅さんの作品集『一茶と芭蕉』も今秋刊行予定です。

松本 傅益瑶さんは1979年に来日されて以来、日本を拠点に画業を磨き上げてこられました。その傅さんが日本文化を知るなかで小林一茶と松尾芭蕉の「俳句」に出あい、心を揺さぶられたわけです。今度の『一茶と芭蕉』は、傅益瑶さんが一茶と芭蕉それぞれの句がうたいあげる情景や、その句を詠んだ時の彼らの心境を描いた絵に、独自の視点から解釈を加えた文章を添えられるものとうかがっています。

 私もそれほど詳しいわけではありませんが、一茶と芭蕉ではそれぞれの世界観や庶民に対する目線が違うのだと思います。それが、傅益瑶さんの絵の上でどのような違いになってくるのかも、非常に楽しみなところです。以前にも傅さんが一茶や芭蕉の句を描いた作品は図録などで拝見したことがあります。とりわけ自然の風景などでは、その雄大さや、ときに峨々ががとした山容など、和漢混淆とでも言うべき情景に感じ入りました。

『水墨の詩』でも感じましたが、絵はもちろん添えられる文章にも、傅さんの見識と教養、情熱、そしてお人柄が滲み出ていたと思っています。この点もまた、私が次の『一茶と芭蕉』で楽しみにしているところです。

「アジアと芸術」第1弾として本年1月に刊行した傅益瑶さんの『水墨の詩』

―― 『水墨の詩』に続いて『一茶と芭蕉』も、著者の強い要望もあって矢萩やはぎ多聞たもんさんに装丁とレイアウトをお願いしました。

松本 矢萩さんには、姉妹会社の第三文明社刊『法華衆ほっけしゅうの芸術』(高橋たかはし伸城のぶしろ著)の装丁でもお世話になりました。大変に好評で、このほど3刷になりました。矢萩さんの装丁は、アーティスティックな面においてすばらしいのはもちろんなのですが、発想が異次元というか、細部までこだわった非常にユニークなお仕事です。しかも、書籍の世界観をきちんとおさえられています。版元としては当然さまざまな制約もあって、使用する紙など必ずしも装丁家の希望をすべて実現しきれない面もあるのですが、快くお引き受けいただいて大変に感謝しています。


古稀を超えてから挑んだ作品群に期待


―― 本年4月には、神戸市内で開かれた講演会「水墨画と法華文化を語る」に傅益瑶さんが登壇され、大きな反響がありました。

松本 私も会場にまいりましたが、終了後も傅さんと記念撮影を求める方々が長い列を作っておられました。心を打たれたのは、弊社が会場で販売した『水墨の詩』に、事前に傅さんが1枚1枚、手書きで短冊に絵を描いて署名をされていたことです。会場でサインをすると、多くの方を長時間並ばせることになるだろうと、前もって用意してくださったのです。その配慮と、労を厭わない姿に、傅さんの人格の一端を見る思いがしました。

 また、傅さんの若々しいエネルギーに感銘したという声が、とくに女性の来場者から多く寄せられました。傅さんは『水墨の詩』のなかでも〝老いを生きる喜び〟に触れておられます。今の日本社会では、年齢を重ねるということが、ともすればネガティブに捉えられがちですが、「老」と「衰」は同じではありません。本来、中国でも「老」には「精神の円熟」をあらわす重要な意味があると綴られています。傅さんの生き生きとした姿と、飽くなき創造への追求を拝見していると、たしかに「老」ということがまったく別の輝きをもって感じられます。

 うかがったところでは、『一茶と芭蕉』に収録される作品のうち、「芭蕉」は傅さんが40代から50代にかけての時期に描かれたもので、「一茶」は古稀を超えてから、ここ数年で挑まれたそうです。ある意味で哲学的な芭蕉から入って、傅さんご自身が年齢を重ねた先で、庶民の生き生きとした姿を詠った一茶に至った。次の新刊では、その傅さんの30年の経過がどのように絵にあらわれてくるのかも見どころかなと思っています。

 ともあれ、この「アジアと芸術digital」と、また書籍としての「アジアと芸術」シリーズが、ますます充実し、多くの方々になにがしかの糧を届けられることを心から願っています。読者の皆様から、ますますのお力添えをいただければ幸いです。



松本義治(まつもと・よしはる)
1960年生まれ。東京大学文学部卒業。1986年に第三文明社に入社。2024年2月、同社ならびに株式会社鳳書院の代表取締役社長に就任。

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