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コロナが明けたら、大企業は中小企業化していく。さあ、中小企業経営者よ、これからがあなたたちの時代だ。

先日、「コロナが明けたら、ヒトはどう働くか」という記事を書かせていただきました。


今回は「コロナが明けたら、ビジネスはどう動くか」。

前回のスピンオフという位置づけです、ではなく実はこちらが本当に書きたかったこと。

むしろ、コロナ後のビジネスの内容を書いていたら、そこから派生して「コロナ後の働き方」の予測が先に完成したという感じです。


2020年に始まった新型コロナウィルスの感染拡大。

このコロナの影響により、世の中の多くのカタチが変化させられることを余儀なくさせられました。

が、実はコロナが世の中に与えたのは「全く新しいカタチを創った」のではなく「今まで人類が向かっていた流れを加速させた」に過ぎないということでした。

つまりは、コロナの影響が無くても、人間でなくロボット(AI)で完結できるビジネスだったりテレワーク主体の働き方というものは、いずれは実現されていたということですね。


▼「目的」がない仕事は、無くなっていく。
▼「正解」がある仕事は、テレワークの人やロボットが個で完結していく。
▼「正解」がない仕事は、人と人とが何かを共有し合うことで正解を創造していく。

というのが前回の「コロナが明けたら、ヒトはどう働くか」の答え(=予測)でした。


では、ビジネスはどうでしょうか?

▼「Needs(ニーズ/必要だから買う)」で成り立つビジネスは、利益率が劇的に下がっていくため最大手1社だけが生き残っていく。

▼「Wants(ウォンツ/欲しいから買う)」で成り立つビジネスは、多様化されていくウォンツに対応するため、中小企業を中心にビジネスの多様化が広がる。

▼「Needs(ニーズ/必要だから買う)」市場からあぶれた業界2位以下の大手企業が中小企業化し、「Wants(ウォンツ/欲しいから買う)」市場に入って来ることになる。

のではないか?

今回はこんなことを中小企業を支援する税理士という立場から考えてみようと思います。


多くのビジネスはすでに成熟し、その目的はすでに達成されている

2021年現在、いやおそらく私が生まれた1980年代にはすでに、人類の生活はおおむねのところで満たされていたと思います。

人類の歴史を紐解いていくと、日本においては1960年代までのいわゆる高度成長期が到来する前の時代までは「問題」が山積されており常に「解決策」が求められる時代でした。

テレビも洗濯機も冷蔵庫もなかった時代。

日本人は多くの「不便」「不満」「不安」に囲まれて生活していました。


しかし1970年代の高度成長期になると、モノが過剰に供給される時代になり人々の「問題」が充足され、かつて貴重だった「問題を解決をしてくれるモノやヒト」の価値が劇的に下がったのでした。

「ビジネスの未来」山口周著(プレジデント社)にも書かれていますが、そういった中ですでに日本ひいては世界的にすでにモノやサービスが充足され人類の不便、不満、不安が解消されている世の中では、ほとんどの事柄に対して正解が出されていて、これから先、以前のような経済としての成長は見込めないとも言えます。


それを象徴するように、日本の多くの業界は成熟期にあり、熾烈な経済競争がなされ、GDP成長率も低空飛行から永遠に抜け出せないでいます。


「体感温度に合わせ体温を調整してくれるものがほしいです。あと裸は何となく恥ずかしいのでプライバシーを守れるようなもので。」

「かしこまりました。洋服はいかがでしょうか?お客様の個性に合わせたカスタマイズが可能ですのでお好きなものをお選びください。」

「あ、あとお腹がすいてしまって。何かおいしいものを食べたいのですが、まだ洋服が届いていないので外出ができないのです。」

「そうしましたら、宅配サービスをご利用ください。こちらのメニューの中からお好きな食べ物をお選びください。ピザとかはいかがでしょうか?30分でお届けします。」

「うれしいな。あ、でもプライバシーが守られて落ち着いて食事ができて、例えば雨風をしのげるようなものってあったりします?」

「もちろんです。家をお買い求めいただければ、雨風を防ぎながらご安心してピザをお食べいただけます。」

「ありがとう。満腹になったら暇になったので、何か他に便利なものがないか最近の情報を今すぐ調べてみたいんだけど」

「はい、ではインターネットをご利用ください。個人でも利用でき、片手で全世界と瞬間的につながることが可能になります。」

「へー。あれ?食べすぎかなお腹が痛くなってきた・・・」

「それは大変です。すぐにお近くの病院を紹介します。お客様のデータはすでに登録されているため、手ぶらで病院に行ってください。行くことも難しそうであればインターネットで医師の診断をお受けできますのでご安心ください。」

「ありがとう、いやそこまでではないのですがすぐに病院まで送って行ってくれるようなものがあると嬉しいのだけど。」

「はい、では車をお使いください。今では全自動でお客様はお席に座って行き先を告げていただけるだけで・・・」


このように現在(多少未来も入っていますが)では、衣食住にとどまらず生活や仕事において、その目的を達成するモノやサービスはありふれていると言えるでしょう。

かつての不便不満不安を解消するという目的に対する答えは十分に用意され、人類が生活や仕事を営む上での問題はすでに解決されているともいえると思います。

(世界的に見ればまだまだ課題を解消されていない国や地域もたくさんあることは理解していますが、この記事ではお伝えしたい趣旨からは外れるため触れていません。ご了承ください。)


生き残るビジネス、廃れるビジネス

「ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論」デヴィッド・グレーバー著(岩波書店)では、世の中の仕事の半分は無意味で、不必要で、ときに有害だと書かれています。

こうした仕事は5つの類型に分類できるそうです。

▼誰かを偉そうにみせるための取り巻き(例=ドアマンや受付係)
▼雇用主のために他人を脅迫したり欺いたりする脅し屋(ロビイストや顧問弁護士)
▼誰かの欠陥を取り繕う尻拭い(バグだらけのコードを修復するプログラマー)
▼誰も真剣に読まないドキュメントを延々とつくる書類穴埋め人(パワーポイントを量産するコンサルタント)
▼人に仕事を割り振るだけのタスクマスター(中間管理職)


同じく「ニュータイプの時代」山口周著(ダイヤモンド社)でも、クソ仕事の蔓延という内容はとても興味深い。

 そもそも、本来の仕事が「有用なモノを作る」あるいは「重要な課題を解決する」ということであれば、モノが過剰にあり、問題が希少となっている社会では、仕事の本来的な需要は減少するはずです。しかし、私たちの労働時間は100年前とほとんど変わっていません。
~中略~求められるニーズが一定であれば、生産性の向上に伴って投入されるべき労働量は減少するはずですが、一向にそうなっていない。このロジックはどこに破綻があるのでしょうか?
 結論から言えば、私たちの多くは実質的な価値や意味を生み出すことのない「クソ仕事(=意味のない仕事)」に携わっている、ということになります。労働に関する需要が減少しているにもかかわらず、労働の供給量が変わらないために、本来的な意義を有さず、社会にとって意味のないクソ仕事に多くの人が携わって生きていかざるを得ない、と言うのが現代の社会なのです。


こう考えていくと、これから生き残っていくビジネスと、廃れていくビジネスが見えてくる気がします。

「コロナが明けると、ヒトはどう働くか」でも書きましたが、

「テレワークやDXが無くそうとしているのは、ビジネスの目的を達成するまでの過程の中の無駄なのではないか」

という仮定が正しいとするならば、コロナの登場により人は目的達成するための余計な無駄について強制的に知りうるところとなり、ウィルス感染予防のためという隠れ蓑により、多くの無駄が排除されることになりました。

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例えば、会社に行ってパソコンを開いて仕事をする瞬間までの「通勤の時間」は無駄であるためテレワークという発想が加速しました。

例えば、莫大な広告費が投入されることにより初めて販売が促進されるものと思われていた商品やサービスが、そこまでの広告をかけなくてもきちんと売れたという事実も確認されています。


とすると、すでに目的が達成されている(=正解が出ている)ようなビジネスでは、目的を達成するまでの過程の部分が廃れていくと予想できます。


以下、個人的な見解が多分に含まれます。誤解を招く表現がありましたら先に謝っておきます。

例えばスマホや広告。

私がスマホを買いたいとした場合、Aというスマホが欲しい場合には直接Aの店に行くなりインターネットで「スマホ A」と検索して購入します。

逆に私がスマホを買うところまでは決断していても機種はAとは決めていない場合、私のもとへAやBやCの広告が集まってくる、もしくは私がそれらを求めていきます。

では、AもBもCも全く同じものだったらどうでしょうか?

性能も色も形も価格も全て同じだった場合、私は無駄にAかBかCか選ばせられているだけで、結論どれを買っても私が享受する便益は一緒だとしたら。

そして、それを助長するようにどの商品かもわからないような広告が何度も映し出される。

もちろんこれは仮の話で、すべて同じものを複数社から出されているとしたらという話ですが、現実的にあまり変わらないのではと個人的には思う時もあります。


本質的な話として、目的を達成する答えは提示されていて、その同じ答えを違う人が、さも「違う答えです」と言ったりするのは、本来必要とされない仕事を人が無駄に作り出しているということに過ぎない。


人は選べないと選択が分散していきます。

結論として各社が得られる利益も分散していきます。

こうやって、「通信機能と撮影機能を持ち合わせた便利で片手で持てるコンピューター」という正解が明確になっているモノは、劇的に価値が下がっていき競争力を失っていきます。

なぜ価値が下がっていくかと言えば、AIの力です。

そもそも正解があるものに対して、正しく早く正解まで処理していく能力は人間ではなくAIが得意とするところであることから、こういった人が行う仕事は価値が無くなっていきます。

結果として、正解が決まっているようなモノやサービスは、AIの大活躍により利益率が加速的に下がっていき、熾烈な競争に勝ち残った最大手1社のみが提供するようになる。


ニーズとウォンツの立場が逆転する

マーケティングの世界では、よく出てくる言葉にニーズ(Needs)とウォンツ(Wants)があります。

ニーズというのは必要性。

「○○しなければならない」と感じる場合にはニーズがあると考えられる。(例:車検を受けなければならない)

一方ウォンツは欲求。

「○○したい」と感じればウォンツがある。(例:ベンツに乗りたい)​

このような形で、この両方が高い商品はよく売れる商品。

とすると、片方が高い商品は残り片方をどのように高めていくかにより、さらに売れるようになる。

ではニーズとウォンツ、どちらの方が売れやすいかと言えばニーズが高い方がやはり売れやすい。

人は必要性にかられないとなかなか動きづらいものです。

そして、売れやすいニーズの市場も今であれば利益が適切に出るため、中小企業が提供していても問題ない。


この立場がこれから逆転してくる。

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これからの時代においては、ニーズとウォンツどちらの方が売りやすい、言い換えればビジネスとして成り立ちやすいかと言えば、「ウォンツ」という時代となる。


ここで言うニーズは、そう、正解があるものと言い換えることができます。

生活上無いと困るものであるニーズは、現代においては既に正解としてのモノやサービスが示されていて、この市場には大手も中小企業も雑多に入り交じり既に熾烈な戦いを強いられている。

スマホやテレビなどのモノだったり、医療や介護や床屋などのサービスもこの部類になるでしょう。

お金を出したいわけではないけど、やはり必要だから仕方なく買うという行動を消費者は行います。

この行動はこれからも、そしてこれからも同じだと思います。


問題は供給する側です。

正解があるモノやサービスを供給する側では、その不便を解決するための正解が存在しているため、AIが本領を発揮し、加速的な効率化を実現していく中で人間の労働力は無力化していきます。

結果として、正解があるニーズの市場では、価格が崩壊し利益が取れなくなる。

そのため大手、特に最王手1社が消費者に対して圧倒的な低コストを低利益率で、ただし大量に供給することで利益を確保していく。


ニーズの市場に中小企業の出番はありません。


一方、ウォンツの市場はどうか。

こちらの市場では、現在の特徴として人々が感じる価値や欲求は多様化していて、それに合わせてこの市場も多様化をしていくと考えられます。


この多様化するウォンツを満たすために存在しているのが、そう皆様中小企業なのです。


大手企業は柔軟性に欠けるため多様なウォンツに対応する体制を整えるのは難しいのです。

一方、皆様の事業はどうでしょう?

経営者の皆様が既存のお客様、もしくは自身の好みも含め「これだ!」と思うウォンツを見いだせれば、そう明日からでも動けるでしょ?


この柔軟性こそが私たち中小企業の最大の強み。


1人の人間が、抑えきれないほどの衝動にかられ「欲しい!!!!!」と動いてしまうほどの欲求に対して、ど真ん中ストレートの商品サービスを創るのです。

その人その人にあった価値を変わらず提供しき、時代とともに価値も変化していくことで生き残っていくことは可能だということです。

そして、そのウォンツを満たす商品やサービスをどのように伝えていくのかと言えば、そう、「ストーリー」です。

↑「ストーリー」について詳しく知りたい方はこちら


その意味やストーリーは経営者の圧倒的な発信力でお客様に伝わっていきます。

属人的でいい。

個性的でいい。

まとまるな。

尖っていこう。

その先にしか青い池は無い。

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↑ キナリノ HPより


そして、大企業は中小企業化する

このタイトルを見て、「ん?」と思われる方も多いと思います。

私自身、現在のビジネスの流れをその渦の中で見ている人間として、今の流れを真逆なことを言っているなと感じています。

今の商流は、大手や中堅企業が中小企業を飲み込み圧倒的な大手になっていき、二極化されていっている業界が多いのは事実です。


ですが、ニーズの市場においては最王手しか勝ち残れないとしたら、今の流れは、2位以下にしかなれない企業は今自滅の道を邁進しているとも言えます。

なぜ2位以下は残れないかと言えば、言い方を変えれば、1社で十分だからなのだと思います。

「通信機能と撮影機能を持ち合わせた便利で片手で持てるコンピューター」という正解が出ているのです。

ここで「オリジナリティを!」などと叫んで色とか形とかを2位以下の他社がいくら声を荒げても、それは最王手企業が横展開すれば足りるのです。


そのため私は、今の流れは、大手企業がこぞって1位しか通過できない小さなドアを目指して全力疾走し、2位以下は崖から振り落とされる構図に見えて仕方ありません。


いいですか、中小企業経営者の皆様が走る方向はそちらじゃない。


大手が得意としないウォンツの小さな青い池でプカプカと優雅に浮かんで高利益を出し続けるのです。

「多様化されているウォンツに対応するにはかなりニッチになってしまうのでは?」と思われるかもですが心配には及びません。

今はデジタルの力がありますから、中小企業でもきちんとマーケティングを行えば、多様化された顧客にダイレクトに接近することができるため、ビジネスとして成り立ちます。


しかし、それも長くは続きません。

なぜなら全力で走りながらも先に見える崖に気づいた2位以下の大手企業が、ウォンツの青い池に引き返して入ってきます。

しかし、大手企業では図体が大きいので小さな青い池には入れません。

そこでおそらく大手企業はそのデカい図体を分解して中小企業になってくると思います。

これが私の予測する大企業の中小企業化の意味です。

大手企業は、組織を分解して中小企業になり柔軟にウォンツの市場を狙ってくるでしょう。


そして、ここまでの流れが今から何年後くらいかというと、おそらくその市場や業界の成熟度によると思います。

市場が成熟しきっていて、業界最王手が明確に見えている業界と、まだ最王手という企業が思いつかない業界とでは、後者の方が、大企業の中小企業化までにはまだ時間がかかるでしょう。


でも、いずれは大企業が中小企業化してくるとしたら。


その時中小企業はどうするべきか。


そうですね、また新しい小さな青い池を見つける皆さんの旅が始まるのです。

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