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【英語推し本】パチンコ(ミン・ジン・リー)/「流転の海」のサイドストーリーでもある

私は大阪で育ち、鶴橋の近くの高校に通っていたので、身近に見聞きしたこともあるし、あまり知らなかった事情もあるが、著者Korean Americanの視点の英語で読むとまた新鮮である。
猪飼野が”Ikaino"として登場したり、通名が”tsumei”としてそのまま使われるとは。
TOEIC800くらいなら、英語で読んでみてもよいと思う。

(あらすじ ※ネタバレ注意)
韓国釜山近くの島で労働者向けの宿を営む夫婦から始まる4世代に渡る物語。
夫は早く亡くなり、母娘で貧しくも切り盛りする日々の中、娘は市場で出会った男と恋に落ち妊娠するが、相手が結婚して子供もいると分かり別れる。しかし田舎の漁村で15-6才のシングルマザーが生きていくのは厳しい。
宿で結核で死にそうなところを世話した牧師がすべての事情を汲んだうえで結婚を申し出て、牧師の兄を頼り二人で大阪に渡る。
時は戦前、差別の中、猪飼野や鶴橋で爪に火を灯すような暮らし、それでも次男も産まれてつましく生活していたが、牧師はちょっとしたことで検挙され何年もしてからぼろぼろになって帰ってきてすぐ死んでしまう。
息子2人を抱え、キムチを売って日銭をどうにか稼ぐのが精一杯。
長男の父である男は関西を牛耳る闇組織のボスとなっており、影から経済支援をする。
戦後は祖国の朝鮮戦争で帰る先がなく、北出身か南出身でアイデンティティを分断される。
勉強がよくできた長男は男の支援もあり早稲田へ。勉強できない次男はパチンコ屋へ。
しかし実の父親が尊敬していた優しい牧師ではなくヤクザと知って長男は大学を辞め出奔、次男はパチンコで財を築いていく。
何年も探した挙句ようやく居所がわかった40代半ばになった長男は長野でパチンコ屋を任されていた。
次男は横浜でパチンコビジネスを拡げるが、日本社会での差別から息子を避けるため、インターに入れ、コロンビア大にいかせる。
投資銀行に就職して成功を手にしたようなその息子もKorean、pachinko、yakuzaの呪縛から逃れられない。ー


一つ一つのディティールにリアリティがあり、それらは、これまで主に日本語もしくはハングルで、ローカルに語られていた(あるいはタブーとして会話から注意深く避けられていた)ようなものも多い。
変にフィクショナルなヤクザものにせず、日本人を悪者としてだけ描写するのでもなく、ディープなところまで丁寧に掬い上げて描いているのが驚きだ。

その泥臭いディティールは、宮本輝の「流転の海」シリーズで出てくる、尼崎のアパートの住人像を想起させる。
「流転の海」シリーズの主人公、松坂熊吾は、在日朝鮮人にも分け隔てなく接するが、それでも”彼らの思考は理解できない”といったような表現がどこかに出てくる。
「流転の海」のサイドストーリーとして本書を読んでみるのもおすすめだ。
逆に、Pachinkoからは「流転の海」がサイドストーリーともいえる。
「流転の海」が海外で翻訳されているのかは知らないが、あの世界観や空気感を広く海外の人が理解するのはやや困難かと思う。
そういう意味では、主にアメリカで育ったKorean Americanの目を通してはじめて、戦前戦後の日本人とKoreanの関係や、それが現在にもいろいろな形で続いていることが世界に知られるようになったのは、英語で発信できる著者の功績だろう。
日本からも、このように世界に発信できるストーリーテラーがもっと出るといい。

また、Pachinkoに出てくるのはKoreanだけでなく、ミドルクラスから底辺に落ちた日本人、アメリカで生まれ育ってキムチも嫌いなKorean American、ヨーロッパでは通用しなかったものの日本で高給を取るちょっとひねくれたイタリア人、などもいる。
時代に翻弄された人々の姿や移民の悲哀が描かれていて、その広く普遍的なことがアメリカでもベストセラーになった所以だろう。オバマ前大統領も絶賛とか。

移民系のストーリーテラーでは中国系のAmy Tanやインド系Jhumpa Lahiriも素晴らしい小説を出しているが、在日コリアンのストーリーを1世紀にわたる時間軸でドローンを飛ばすように俯瞰しつつ描いた本作は後世に残るだろう。


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