見出し画像

『たった独りのための小説教室』読了

 いらしてくださって、ありがとうございます。

 小説の書き方指南本というジャンルは、書店で見かけると(いまだに)つい手を伸ばしてしまうのですが、最近たて続けに購入し読み終えた二冊のうちの一冊をご紹介したいと思います。

 タイトルは『たった独りのための小説教室』(集英社)。
 著者は芥川賞や柴田錬三郎賞受賞作で知られる花村萬月氏で、帯には以下のような惹句が記されておりました。

数多くの新人賞の選考委員を務めたマンゲツ先生だけが知っている、新人賞受賞のための一本道!
今日からはじめる超実践的な全35講。
獲るぞ、新人賞!
目指せ、エンタメ作家デビュー!

『たった独りのための小説教室』花村萬月(集英社)帯より引用

 
 帯にもありますように、描写と説明、テーマとモチーフ、推敲、比喩など、小説を書くために必要なさまざまを習得するための実践法が、花村氏独特の文体と豊潤な知識を駆使してつづられており、読み物としてもとても面白く、楽しめました。

 とくに花村節とでも申しましょうか、受け取る側によっては「毒」とも取れる言説が、随所に忌憚なく吐き散らかされておりまして、読みながら「いててて」と顔をしかめたり、噴き出したり、落ち込んだりと忙しい一冊でもありました。

 冒頭には本作を世に出した事情が綴られていて、とくに印象深かったところを引用させていただきます。

「他人の作品に対しては辛辣な批評を投げかけるのに、なぜ自身の作品にその批評眼がはたらかないのか」

「他人の作品の粗はいくらでも見つけられるのに(選手権大会の走者の映像を見て、フォームその他あれこれ批評できるのに)、自身の作品のことはまったくわからない(自分で走るとドタバタ、ドタドタ)というのは、やはりセンスがないからなのです」

「まだ才能を自覚していない、センスのある控えめな貴方が世に出る手助けをしたい。ただし自尊心が肥大しただけの、図々しくも囂しいその他大勢の相手はしたくない。誰に対しても開かれていたがゆえの<ブビオの学校>の苦痛を繰り返したくない。<たった独りのための小説教室>と題した所以です」

『たった独りのための小説教室』花村萬月(集英社)より引用

 「ブビオの学校」とは、新人賞の選考をされておられた花村氏が、「プロの小説家まであと一歩の人の手伝いがしたくな」って主宰していたmixiのコミュニティのこと。
 参加者は、ここでごく基本的なことを学んで新人賞に応募し、実際に受賞した方々もいらしたのですが、「ブビオの学校」への参加者が増えるにつれ厄介な方々も蔓延りはじめ、閉校に到ったという経緯があり、それゆえの「たった独りのための」本書であり、「承認欲求で膨張した貴方」に向けた本書ではない、と断っておられます。

 正直に申しますと、この本を読み終えて、現状のままの自分には小説新人賞を狙うことなど到底無理だということが「よく」わかりました。
 センスも知識も覚悟も根性もない、それらを十二分に自覚していながら、それでもどこかに「自分もワンチャンいけるかも」という期待を捨てきれずにいる、そんな夢見ちゃんへ「引導を渡すためにある」といっても過言ではない本書。
 夢見ちゃんにとっては毒のある数々の言葉は、病床にある花村氏の、小説を愛してやまない花村氏の、究極の親切かもしれないとも思うのです。
 やるならちゃんとやれ、そうでないならすっこんでろ──というような。

 読み終えて、かつて小説講座で席を並べていた方々のことを思い浮かべました。
 講師がとりわけ期待をかけておられた二人の女性、彼女たちの作品はどれもセンスを感じさせるものでした。
 この人にしか書けないもの。作者名を伏せていてもあの人の作品だとわかるもの。対象の切り取り方、表現の方法などが、ほかの受講生とは異なっていたし、既存の作家とは(私の狭い読書量の範囲ではあれ)似ていなかった。
 一方で、文章も巧みで構成も上手、それなりの味わいを醸し出す作品を提出される受講生もありましたが、そこに「新味」は感じられず、どこか既存の作品に似通ったものという印象を受けましたし、なかには講師にいくらダメ出しされても「わたしはこう書きたいからこのままでいい」と譲らない受講生もおられました。
 新人賞の選考にもかかわっておられた講師は、私には何の期待もしておられなかったことも思い出されて、まぁ、そういうことなんだよなといまさらながら納得した次第です。

 人は誰でも生涯に一冊は小説を書ける、と仰せになる作家さまもおられます。人生の経験値からひねり出せば、一作くらいは面白い内容の小説が生まれるということでしょうけれど、それも「人に読ませる技術」あってのこと。

 本書はそうした技術についても細やかに説明されていますが、テクニックを磨くためだけであれば、大沢在昌氏の『売れる作家の全技術』(角川書店)などのほうがわかりやすく感じるかもしれません。

 本気で新人賞を狙えるレベルの作品を書くには、そして作家として生き残るためには何が必要か。その「心構え」(と不屈の努力と根性)と、そのためになすべきことが書かれた本書は、原稿を書きもせずに「まだ本気出してないだけ」とか、「予備選考を通過できないのは下読みのレベルが低いからだ(本気でこうおっしゃる方を目の当たりにしたことがあるのです)」とか嘯いている向きには、とても辛辣に刺さる一冊でもあります。

 花村萬月氏の小説はこれまでに『弾正星』(小学館文庫)を読んでおり、主人公の悪の概念にえらく揺さぶられてしまったことを覚えています。読みやすく、核心を抉る文体は花村氏の小説作品そのままに、小説を愛するがゆえの、よき書き手を育まんがための「小説愛あふれる」指南本。
 花村氏にとっての『たった独り』に自分はなり得るのか、確かめてみたい方はぜひご一読を。

・・・・・

 最後までお読みくださり、ありがとうございます。

 パソコンもスマホもダメなら手書きで小説を書こう、などという気力は湧かぬもので……所詮、そこまでの熱量なのかとつぶやきつつ、読み終えた本を仕舞う夜です。

 当地は冷たい雨が降っております。
 みなさまも風邪など召しませぬよう、お気をつけくださいましね。
 明日もよき日になりますように(´ー`)ノ

 

 






この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?