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循環する「土」を、空間に。建設発生土を利用した、『還土ブロック』の製作ストーリー

すべての生命のもとである、土。私たちの生活は大地の上に築かれていますが、その大地を感じる空間というのは都市から排除されてしまったように感じます。
土そのものを感じる建築を、いかに現代の生活に取り戻すか。
淺沼組名古屋支店改修工事において、淺沼組技術研究所では土の活用事例として、日本古来の工法を活かした「還土ブロック」や「版築壁」など、建設発生土を用いた建材やその構築システムについての研究開発を行いました。プロジェクトに携わった淺沼組技術研究所の建築材料研究グループ 山﨑順二・荒木朗・加藤猛による「土」を用いた開発のストーリーをお届けします。

建築材料研究グループ 荒木朗、山﨑順二、加藤猛(左から)

建設発生土を、使える土にアップサイクルする

―名古屋支店改修工事では、建設発生土12トンをオフィスに取り入れましたが、その利用はどのように進めたのでしょうか?

山﨑 地産地消でその土地の土を使うことを考え、名古屋近くの土を入手しようと考えたところ、タイミング良く瀬戸と南知多に淺沼組の携わる現場があったため、そこの土を利用することができました。

荒木 建設発生土利用については、「資源有効促進利用法」という国の制度があり、現場発生土を有効活用しましょうというのが定められています。各事業者・ゼネコンは、「再生資源利用促進計画書」という書類で、現場で出た土の量と搬出先などを各自治体に提出する必要があります。

愛知県の工事現場から名古屋支店改修工事に利用する建設発生土を運ぶ

通常の流れは、建設現場で出た土は、業界では「捨て場」と呼ばれる、ストックヤードに運び込まれ、中継地として管理され、その後、埋め戻しで使う場合や、土を使いたい別の作業所などへ運ばれていきます。今回は、淺沼組の携わる現場で出た土を、淺沼組を事業主・施工者として使用するということで、ストックヤードを経由しないで、直接再利用しました。
まずは技術研究所で土を使えるかどうかを調べるため、少量の土をサンプリングして、成分の分析調査を実施。使えそうだということで、技術研究所に持ち込んで還土ブロックの開発や、土壁施工のための土のアップサイクルを進めました。

―土を使うのに、苦労したところはどのようなところでしょうか?

加藤 建設発生土を利用可能な土にするために、ふるいにかけて石などを取り除き、成分調査をした上で、配合を考えることが必要です。土の状況によって、材料の配合や混ぜ方を変える必要があるので、そこを検証しながら進めるのは初めてのことでした。きちんと調整しなければ劣化が激しくなるため、いかに土と自然素材だけで長持ちさせる建材をつくるかということには苦労しました。

建設発生土から土壁に利用できる土をどのようにつくるか、左官の協力会社のもとワークショップを実施

山﨑 土壁の材料の場合は、古来、左官職人の長年の技で、ある程度決められるところがあるのですが、研究所で開発した土のブロックの場合は、これまで誰もやったことのない初めてのこと。セメントなどの人工物を混ぜずに、土と水を混ぜ合わせて突き固めていく。数値化したものを積み重ねながら細かく試験を行い、良好な性状の「土」に調整できるようになるまで半年ほど時間をかけました。完全なハンドメイドなので、つくるのは大変でした。

土を取り入れ、自然と人の共生を感じる

―なぜ、還土ブロックを開発しようということになったのでしょうか?

山﨑 土を近代建築物のなかに取り込むことを考えたときに、短期間で施工できる方法を探りました。名古屋支店では版築の壁を建物の中でつくりましたが、通常、オフィスなどに土を持ち込んでその場で突き固めていくことは、難しい。そこで、ブロックとして人が持ち運べる大きさで積み重ねていくことができれば、作業を効率化しながら土を取り入れていくことができると考えました。

名古屋支店改修工事での還土ブロック施工。人が積み上げられる重量で20キロの大きさとした
安全性を考え、中に鉄筋を通している

―還土ブロックで、どのようなことを実現できたのでしょうか?

山﨑 土は重量的な問題があるので、ブロックにすることで軽量化することができました。そうすると、耐震性が高くなるのではと考えました。また、版築という、神社仏閣に見られるような日本の伝統的工法を建物のなかに取り入れることができ、自然に守られているような安心感やぬくもりがあります。土には3億年の歴史がありますので、自然と人との共生を感じます。

法隆寺の築地塀(重要文化財)
淺沼組名古屋支店で施工した本版築壁

ものづくりの技術を残し、土の価値を取り戻す

―土の取り組みをしてみて、良かったと感じるところはどこですか?

荒木 私は、左官職人の方々と知り合いになれたことです。これまで技術研究所は、コンクリートの技術開発は進めてきましたが、土をメインに扱う左官職人の方とのコラボは初めてのこと。現場の土を左官材料にするところから、オフィス全面に塗ってくださった八幡工業さん、ワークショップの監修や左官アートの壁をつくってくださった、久住有生親方にお会いできて、継承されてきた技術や、自分たちの体と感覚で美しいものをつくる、妥協をしない姿勢に学ぶところが多くありました。
かつてに比べて、左官の職人さんに携わっていただく現場も非常に少なくなっている。日本の伝統文化はこうした職人さんの技術があって守り続けられているので、そこを自分たちの生活と切り離してはいけない。暮らしのなかに取り入れていくことは非常に大切なことだと感じました。

山﨑 私は普段、主にコンクリートの材料研究を行っていて、土を扱うことになるとは思っていませんでしたが、やってみると非常に多くの方から共感していただけたことに驚いています。自分たちでもどのような形ができるのか、想像できないところに取り組むことの面白さがありました。

加藤 還土ブロックを製作するなかで、「土から植物が生えてきたら面白いよね」と言って、植物の種を中に入れようとしたり、版築のプランターを製作しようとしたり、いろいろなことに挑戦しました。結局、水を与えなければ植物は育たないので、屋内のブロックには難しいということがわかったのですが。(笑)ただ、そうやって、土の可能性を探りながらトライアンドエラーできたのは面白かったです。
また、名古屋支店完成後も、耐火性や耐震性を検証するための実大実験を行うなど、数値化してデータを積み重ねることができました。土を用いるだけでなく、その安全性というところまで実証できたことはとても勉強になりましたし、そういったデータをもとに、土を利用する価値がより社会に広がると良いなと思っています。

構造安全性の検証の様子。還土ブロックを組んだ実物大の壁試験体をつくり、耐震性を検証。
結果、1.5G 程度の地震力に対する構造安全性が確保されていることを確認した
耐火性能に関する検証。土壁左官工法による土壁が火災に遭遇した場合にどの程度の耐火性能を有するかを、不燃材料の認定試験に準じた手法で性能確認を行った。結果、名古屋支店の土壁は不燃材料に相当する性能を有することが確認できた

―地産地消の土を、そのまま建物に供用することを広げていくためには、今後どのようなことが必要でしょうか?

荒木 建設発生土や、さまざまな土地の土を扱うには、利用可能な土にするためにふるい分けをする手間がかかることや、配合する知識が一般化されていません。人手がかかる分、大量生産されてきた工業製品よりもコストがかかってしまうことは確かです。そこにいかに価値を感じてくださる人を増やしていくか、ということに取り組んでいかなければいけません。これまで、工期短縮や、できるだけ安価にという建設のあり方から、人の暮らしのなかでいかに豊かな空間をつくるかということの価値を大きくしていくことが必要。それが、結果として、自分たちがいる地球の環境を良くすることにもつながる。
そのためには、まず、『これが良いよね』と感じてもらえるように、実現することが第一歩。これまで、人が土と離れた生活空間を当たり前としてきたところに、もう一度価値を取り戻していけるように、少しずつ同じ意識を持つ人たちを増やしていきたいと思っています。

山﨑 近年は古民家改修なども積極的に行われるようになったり、古いものの価値が見直されるようになっています。リニューアルは、古民家改修だけでなく、今ある建物・資産にいかに付加価値をつけていくかということも大切なこと。そこに、自然素材を用いることで、日本らしいオフィスや日本らしい空間の形がつくられていくように思います。都市の生活のなか、近代建築のなかにも土そのものを生かしていけるようになれば良いと思います。

text ,photo by Michiko Sato

淺沼組技術研究所
淺沼組創立50周年記念事業の一環として、1987年に設立。基礎技術を基盤にした応用研究ならびに数多くの新工法の開発を手がける技術研究所。
超高層RC造建設技術の開発、免・制震構造、耐震補強、特殊コンクリートなどにおいて、独自の技術開発を行っている。大阪・京都・奈良の中間に位置し、関西に拠点を置く数少ないゼネコンの研究施設として、関西圏を中心として大学、公的研究機関との共同研究を行う。


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