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短歌には対になる存在がある。

私、短歌にハマってます!読むのももちろんだけど、作るほうはもっと楽しい。

もともと「文章を書く」ことが好きで、10年以上育児ブログを続けた経験もある。若いころは手紙魔だったし、その前は交換日記をいくつもかけもちしてた。もちろん自分の日記も長いこと続けてた。

そして最近はnoteという場所を得て、少しずつ自分のペースをつかみ始めている。ちなみにnoteは始めてから三ヶ月が経過したところ。ここ一ヶ月ほどは朝には撮りためた写真を、夜にはちょっとしたつぶやきを…というのが日課だ。

さて短歌に話を戻そう。

ちょうど二年ほど前、私は本屋で『短歌研究』という雑誌に気がついた。

プロから素人まで、いろんな歌人の短歌が載っている。ちょっと分かりにくい作品もあったけど、ほとんどの作品はすぐに意味が分かる。情景が浮かぶ。心境が想像できる。共感できる。驚く。微笑む。泣く。感心する。

読んでて忙しい。そして楽しい。

短歌の世界とはこういうものであったか!

そんなわけで初めて『短歌研究』を買ったのが二年前。その後、ほぼ毎月購入している。

誰でも知ってる現代歌人といえば俵万智。それから穂村弘なんて名前も有名だろう。ほかにもその世界では有名な方々。そして一般の短歌愛好家。みんなが仲良く同じ本の中で、生きている。すごい。

一度だけ、私の短歌も載ったことがある。生活の中から生まれた、主婦目線の短歌だった。

いくつかあることに気づいた短歌雑誌のなかから、最終的には『短歌研究』に落ち着いて、私は毎日少しずつ短歌を読んだ。誌面には毎月、膨大な量の短歌が掲載されるので、だんだん取捨選択もするようになった。なにしろ隅から隅まで完璧に読んでいたら、一ヶ月間『短歌研究』以外の本が読めなくなったことがあるのだ。

やっぱりプロの歌人の短歌は必読。一般の短歌愛好家の作品は無作為抽出…するのも難しいので、自分と同じ都道府県の方は必読。それ以外は気の向くまま。特集記事なども、関心のあるテーマのみ。

さて、二年間こんな感じで暮らしていたが、だんだん「短歌」そのものについて興味がわいてきた。

そもそも「短歌」と「和歌」はどう違うのか。その昔、古文の授業で習った有名な和歌たちは、現代の俵万智や穂村弘にどうつながっているのか。

自分で短歌を詠んだ(作った)ときに、コレハイイ、コレハヨクナイ、と直感で判断していたのだが、その違いはどこからくるのか。私の直感は本当に当てになるのか。

というわけで短歌を学習するための本を探して読んでみることにしたのだ。

私が選んだのは『30日のドリル式 初心者にやさしい短歌の練習帳』。一日に一課題をこなしていくと、あら不思議!あなたも短歌が作れるようになりますよ。…てな本である。

私はこの本の課題を二日間でこなした。やっぱり興味のあることを勉強するというのは楽しいものだ。

そしてこの本を読むことで、私は短歌初心者としての完璧な知識を手に入れた!(ホントかよ・・・)

少なくとも、二年間適当にフィーリングで短歌を作ってきた私は、読んでよかった。読んだり、詠んだり、をすることでなんとなく感じていたいろんなことを、体系的に学べた。

そして知りたかった知識を少し仕入れることもできた。

たとえば万葉集の時代、「大和歌(やまとうた)」という表現ジャンルがあった。万葉集は「大和歌」の歌集らしい。そしてその「大和歌」にはいくつかの種類があって、そのなかには「長歌」や「短歌」という形式のものがあった。

「 ! 」

短歌って、なんで短歌っていうか知ってた!?「長歌」と「短歌」という、対になる形式があったんだってよ???

目からウロコっていうか、へぇへぇへぇっていうか、ガッテン!っていうか。どれでもいいけど。

というわけで最新バージョンの私は、短歌を読み、詠む、のはもちろん、短歌の歴史を調べたい。さらには万葉集やら古今和歌集やら金槐和歌集やらを読んでみたい。たぶんそのうちもっとマニアックな歌集も読みたくなる気がする。


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本を読むこと、ピアノを弾くことが好き。学生時代に約1300冊の本を読んだが、記録したノートをうっかり処分してしまった。ちょっともったいなかった。 愛読書はドロシーギルマンの「おばちゃま」シリーズ。 ドビュッシーのベーメン風舞曲と、ベートーベンの悲愴を練習中。
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