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【短編小説】秘密の作戦

 薄暗い寂しい部屋で私は今田と出会った。正確にいえば、再会した。私と今田は同じ高校の同級生。彼はワイシャツ一枚にスラックス。納得できないという顔をしていた。
 ここは、ある地方の警察署。私の仕事は警察官。昨日、逮捕された今田時男の取り調べの担当になった。彼の容疑は暗号資産(仮想通貨)詐欺。窃盗容疑や傷害事件なら今までイヤというほど取り調べをしてきた。だが、よりによってこんな小さな町で、どうして同級生の取り調べをしなければいけないのか。それに、暗号資産という難しい案件の詐欺を、なぜ私が担当しなければいけないのか。間違いなく先輩警官たちの策略に違いない。
とりあえず、自分なりに暗号資産についての情報は頭に入れたつもりだ。「大丈夫、大丈夫」と五回も自分に言い聞かせ取調室にゆっくりと向かった。
 私と今田の出会いは高校一年の時。私の通った高校はどこにでもある普通の県立高校。その高校にずば抜けて成績優秀な今田がなぜか転校してきたのだ。今田は毎回の試験で学年トップの成績。三年間、トップを誰にも譲ることなく卒業し、東大に現役で合格した。わが校はじまって以来の東大合格者だった。その後、今田は一流商社に就職すると、三十歳になるときに脱サラしIT企業を立ち上げた。いわゆる絵に描いたようなエリート街道まっしぐらだ。
 一方、私の成績は中の下ぐらい。年に何回か赤点も取っていた。だから今田は雲の上の存在だった。なんとか高校を卒業し無名の大学に。ただ、就職だけは頑張って警察官になった。
こんな全く違う人生を生きてきた二人が、何の縁か、取り調べをする側とされる側になっている。それに、わけのわからない暗号資産の詐欺容疑だ。先輩たちを恨むしかない。
 そもそも暗号資産とは電子データの通貨でネット上の取引で使用される。代表的なものとしてビットコインやイーサリアムがある。近年、注目されつつある暗号資産について、詐欺事件も多くなっている。暗号資産が悪いのではなく、そのわかりにくさを悪用して、理解できていない人を騙すという詐欺が最近横行しているのだ。警察として許せるものではない。ただ、分かりにくいことも事実。法律では想定されていないことが現実の世の中では起きているのだ。国も関係する法律を整備・改正しているが、実際の現状に追いついていない。そこを逆手にとるのが詐欺師や犯罪者の手口。だが正義の味方、警察がこの状況を黙って見ているわけにはいかない。けれども、よくわからない。本音をいえばさっぱりわからない。
「なあ、どう思う。今田」
「知らねえよ。俺としては何も悪い事してないんだって」
あくまでも今田は犯罪ではないと主張する。
「だからさ。わかんないんだって。そもそも誰なんだ。この暗号資産の生みの親は」
私もだんだん腹がたってきた。
「日本人らしいよ。やっぱり、こんな裏技みたいなことを考えるのは日本人だ」
今田は平然としている。
「へえ。そうなんだ。じゃあ、基本から教えてよ。暗号資産ってそもそも何のためにはじまったの」
「ネットでの取引をスムーズにするためだろ。現実のお金ではなくてネットで取引しやすいように考え出されたらしい」
「なるほどね。それでさあ、この本のここに書いてあることがイマイチ理解しにくいんだけどさ」
 私は暗号資産のテキストを今田に見せながら、高校時代を思い出していた。もう何年前になるだろうか。数学がわからなくて毎日のように今田に教えてもらっていた。教えてもらいながら、昔が懐かしくなって今田が思わず犯行を自供するという作戦に私は賭けていた。
「ふむふむ。そうか。それじゃ、これはどういう意味なの」
                                   (了)

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