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【エッセイ】あの日の君を僕は忘れない

 私が保育園に通っていたときのことなので、何十年も昔のお話になる。
 父の運転する軽トラックの荷台に乗りワイワイとはしゃぎながら山の中にある保育園まで送ってもらっていた。保育園に向かう道路の上には車に轢かれたカエルがぺちゃんこになったままよく放置され、まるで「ど根性ガエル」のようになっていた。保育園の裏山には大きなグラウンドがあり、先生に引率されてみんなでよく遊びに行った。
 ある時、グラウンドで遊んでいる途中急にトイレに行きたくなり友達のケイ君と連れだって草むらの中に入り二人並んでオシッコをした。だがその直後、事件は起きた。
 私はなぜか普通にしても面白くないので、オシッコの放物線をアルファベットのXの形のようにしようと角度を少し変えたところ、誤ってケイ君の足にオシッコをかけてしまった。そのことをケイ君が先生に話したので、私はしばらく怒られ続けることになってしまった。いま思い出しても本当に馬鹿なことをしたと思う。ケイ君ごめんね。

 そんな私も高校生となりそれなりに受験勉強もがんばっていたのだが、私の通った高校にはM先生という非常に怖い英語の先生がいた。その先生の授業では恐怖と緊張のあまり手が震えて字が書けなくなってしまう男子生徒がいたり、テストの答案用紙を返す時、返事の声が小さいとM先生は答案用紙を手で渡さずにポトリと床に落とすので、泣き出してしまう女子生徒もいた。M先生はまさにダースベイダーのような存在だった。
 そんな調子だったので、宿題や予習をしていないことを想像しただけでも恐ろしく、私たち生徒はいつも戦戦恐恐としてM先生の授業を受けていたが、あるとき予習をしていない友人のササキ君が教科書の日本語訳を見せて欲しいと授業直前に私に頼み込んできた。私は仕方なく武士の情けで見せてあげたのだが、事件はその直後に起きたのだ。
 ササキ君がM先生に見事にあてられ教科書の訳を読み上げた。ササキ君が「ホット・スプリング」という箇所を「その町は『暖かい春』で有名です」と読み上げたとき、教室は大爆笑につつまれてしまったのである。私もなぜ笑いが起きたのか、その時は意味が全くわからなかったが、どうやら「ホット・スプリング」は「温泉」と訳すのが正解で、それを知らないでそのまま訳してしまった。
 ササキ君は顔を真っ赤にしてチラリと私を見たが、私もしばらく俯いて知らない顔をした。この時ほど、早く時間が過ぎ去って欲しいと思ったことはなかった。ササキ君、あの時は、ゴメン。
 他にも忘れてしまいたいことは山のようにあるのだが、ここで文章として書くのもはばかられることばかり。そのことについてはすべて墓場までもっていくことにする。

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