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【エッセイ】文豪はウソつかない

 北海道・函館山の夜景、沖縄の美しい海。タマネギが美味しかった淡路島や心落ち着く兼六園。これまで各地を旅してきた。

 旅はその途中はもちろん、行く前のわくわく感も、帰ってから思い出すことも楽しい。

だがここ数年、旅行らしいことをほとんどしていない。一番最近の旅というと2020年1月に東京へ行ったことになる。ちょうど中国でコロナという新しい伝染病が流行っていて、世界に広まると大変なことになると言われ始めていた頃。まだ街行く人は誰もマスクをしていなかった。

 東京・新宿で用事があり、ならば家族で旅行しようということに。用事を済ませ、まずは新しい国立競技場を外から眺めた。その後、汐留のホテルへ。そして「ゆりかもめ」に乗ってお台場へ向かう。自由の女神を眺めながら、何をしようかと考えて、実物大のガンダムを見に行くことに。ガンダムは大きいので、すぐに見つかるものと思っていた。

 ところが、まったく見つからない。急遽、ガンダム捜査隊を結成。ツイッターに載っているガンダムの写真からどのビルの近くにいるのかを推測する。それでもわからない。こうなったらもう意地である。なにがなんでもガンダムをさがし出してみせるという妙な使命感で最後は走り出していた。ちなみに実物大のドラえもんはすぐ巡り合えた。だが、お目当てのガンダムはいない。そして30分経過してやっと発見することができた。このときの達成感は何物にも代えがたいものがあった。写真を撮っていたらあのテーマ曲が鳴り出しガンダムが動き始めた。夜空にライトアップされたガンダムを見ながら時間をかけてさがした満足感に浸っていた。かなり疲れ果て駅に向かってトボトボ歩いていると、なぜか、フジテレビの番組スタッフにつかまった。全く関係のないアンケートの質問をされ、翌日の朝、疲労困憊した顔が放送されていた。

 お台場はもともと、幕末に外国船を打ち払い江戸城に近づけないために作られた。もし幕府の役人が今のお台場を見たとしたら、自由の女神やガンダムで大いに困惑するだろう。

 さて、その翌日、どこに行こうか考えていると、朝、早めに歌舞伎座へ行くと一幕だけ立ち見席で観劇できる、ということをふと思い出した。とにかく行こうと手早く朝食を済ませ、歌舞伎座へ出発。地下鉄の乗り継ぎ方がわからないので、ひたすら歩いて向かった。キョロキョロしながら歩いていると、案外早く歌舞伎座に到着した。結局、一幕五百円で観劇できた。立ち見といっても、最上階の席でキチンとしたイスもある。演目は「醍醐の花見」。豊臣秀吉が太閤となり盛大に行った花見の話だ。イヤホンガイドもつけて十分楽しむことができた。満足、満足。大河ドラマのいだてんの人も半沢直樹に出ていた人も舞台にいた。人気役者ばかり。一幕五百円の歌舞伎はかなりお得だった。ちなみに、歌舞伎座は地下鉄の駅にも直結し、駅近くのお土産屋さんも充実している。ここもおすすめである。

 さて、歌舞伎座を出て銀座の街をてくてく歩く。この街にいるだけでなにかセレブになった気分。この時、買ったのは文庫本一冊のみ。小さいけれどオシャレなレストランで食事をし、有楽町、東京駅と歩いて移動した。

 東京駅そばにある三菱の原点の地、三菱一号館を見学。明治初期に岩崎弥太郎がこの土地を買ったとき、この一帯は草茫々の原っぱだったという。当時としてはあまりの無謀な行動で誰もが驚いた。岩崎は「竹でも植えて虎でも飼うさ」と言ったとか。

皇居周辺を少し散策し、ようやく東京駅に到着。結局、汐留を出発してから地下鉄にもJRにも乗らず、すべて歩いたことになる。夏目漱石の小説を読んでいると主人公が、東京の町を延々とひたすら歩いて移動するくだりがよく登場する。実際、可能なんだろうかといつも疑問に思っていた。自分の足でいざ歩いてみると案外歩ける距離だった。夏目漱石を疑って悪かった。時間さえあれば東京の街は歩いて移動することは十分可能なのだ。車か電車の移動ばかりに慣れてしまい、歩くという感覚を忘れていた。気分はブラタモリ。本で読んだこともテレビで見たことも、実際やってみるとなるほどと納得できる。

 ほとんどノープランの旅であったが、ガイドブックとにらめっこばかりしているよりも意外と楽しい発見があるのかもしれない。

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