めくるめくアウェイ沼へようこそ
『選手はいいよな〜移籍できて。俺たちはできないもんな。』
誰かが言っていた。
いや、厳密に言うとそこかしこで聞く言葉だ。
彼らは決まってこう言う。
『俺たちは命を懸けて声を枯らして応援してるのに、あいつらは本当に勝つ気があるのか!』
サポーターとはなんと虚しい生き物だろう。
試合に勝つ度にまるで優勝したかのような祝杯を挙げる。
あるいは、試合に負けると、日頃のストレスを発散させる為に訪れたはずのスタジアムなのに新たなストレスを溜め込む。
そうしてこの繰り返しで1年が終わる。
シーズンが終了し平穏な日々が訪れたかと思いきや、今度はある意味でシーズン中より恐ろしいストーブリーグの動向に踊らされる日々。
『あいつは金の為に移籍しやがった。チーム愛なんかなかったんだ。』
完全に情緒不安定である。
あたかも永遠の無償の愛をクラブに注いでいると見せかけて、こんなにも大きな見返りを求めているのである。
サポーターとはそんな哀しい生き物だ。
わたしは24歳の時からベガルタ仙台を応援している。
気付けばベガルタを応援し始めて10シーズン目に突入していたのだが、宮城県出身どころか一度も住んだことすらなく、サポーターになった当時は知り合いも誰もいない中で、一人仙台に通い始めた。
地域密着の理念を掲げているJリーグにおいてはわたしのようなサポーターはマイノリティーなのかもしれないが、「地元だから」「家族や友達が応援しているから」という必然的な理由以外にそのクラブを応援している人も実はそれなりにいる。
ホームがアウェイ、アウェイはアウェイ
当時のわたしも、今と同じく東京に住んでいた。
東京から仙台へは新幹線で片道1万円ちょっと、1時間半ほどの距離である。
高速バス(夜行バス)を使って向かったことも何度かあったが、これは年齢的な体力の衰えを考慮して数年前に引退した…。
仙台へは何度も行ったことがあった。
若い頃に好きだったバンドが全国ツアーを行う際に、必ずと言っていいほどの割合で仙台で公演をしていたからである。
これはそのバンドに限ったことではなく、ジャニーズや女性アイドル、大御所演歌歌手に至るまで、東北随一の大都市である仙台をコンサート会場に選ぶアーティストは非常に多い。
今考えれば、わたしが縁もゆかりもないはずの仙台のクラブを応援できたのは、そういった経験から親しみがあったことが大きいような気がする。
付け加えて、「好きなバンドを追いかける」というある種サポーターに通ずるフットワークの軽さが備わっていたことは言うまでもない。
こうして何の障害もなくベガルタのサポーターとなり、ホームである仙台での試合を観に行くようになったわたしであったのだが、当然近場のクラブを応援するより時間もお金もかかる。
交通費や飲食代はもちろんのこと、前日入りや試合後に宿泊する場合はホテル代が必要になる。
ホームでの試合がある2週間に一度のペースで3万円以上が飛んでいく計算になるのだ。
そして程なく気付く。
『あれ?ホームなのにアウェイみたいじゃない?』
わたしの現在の住まいから最も近い距離にあるスタジアムは、川崎フロンターレの本拠地である等々力陸上競技場なのだが、ここは最寄駅からの交通費が往復たったの400円。
横浜F.マリノスの本拠地である日産スタジアムで往復780円。
FC東京や東京ヴェルディの本拠地である味の素スタジアムで往復740円。
J1リーグは全34試合あり、そのうち半分の17試合がアウェイの地で行われる。
そして2019シーズンに対戦する17チーム中なんと10チームのスタジアムが、ホームであるはずのユアテックスタジアム仙台より安く行けるのである(公共交通機関使用・各種割引なしで計算)
こうなってくるともはやホームとはなんぞやという気分になってくる。
本拠地の近さだけがホーム感を表す指針になるわけではないが、それでももっと気軽にホームの試合を観に行きたいというのが本音だ。
というわけで、わたしはホームでの応援も継続しつつ、ホームよりホームの距離であるアウェイへもちょくちょく顔を出すようになった。
アウェイ沼
ありとあらゆるアウェイに行った。
ベガルタとの対戦があるクラブのホームにはほぼ全て観戦に行き、SNSで時たま流れてくる「行ったことのあるスタジアムビンゴ」は毎年必ずのように埋まった。
ベガルタの場合もそうだろうと自負しているが、サポーターが作り上げるホームの雰囲気というのは独特で尊いものである。
クラブの誇りをかけて、選手だけでなくサポーターも戦っている。
もちろん、ピッチを走ったり、ボールを蹴ったりするわけではないのだが、割れんばかりのチャントやコール、たまのブーイングで選手の背中を押し、相手選手を萎縮させているのだ。
その何千・何万のホームのサポーターが作り上げる圧倒的なホーム感の中に、少数精鋭のアウェイサポーターが決死の覚悟で乗り込み、不思議な責任感から一人一人がいつも以上に声を張り上げる。
そうして掴み取った勝ち点3の喜びは言葉では上手く言い表せない。
試合終了の笛が鳴った瞬間、静まり返るスタジアムの中で、歓喜の雄叫びが上がる。
ほんの少ししかいない「違う色のユニフォーム」の一角から。
スタジアムからの帰り道では、ホームのユニフォームの集団をさながらモーゼの十戒のようにかき分け、「違う色のユニフォーム」が誇らしげに闊歩する。
そして待っているのは祝勝会。
アウェイの地では、新鮮で珍しいご当地グルメを肴に祝杯を挙げることができる。
その心もお腹も満たす味わいが、勝利の瞬間を永遠のものにしてくれる。
勝って当たり前という雰囲気のホームでの勝利とはまた一味違う。
脳内を謎の興奮物質が満たしていく感覚。
そんなアウェイでの勝利は勝ち点3以上の価値を感じられるが、当然のことながら負けることもある。
良いことばかりではないのだ。
わたしには忘れられないアウェイでの敗戦が3つある。
1つ目は2012年のコンサドーレ札幌戦。
あの年のベガルタはクラブ史上初の優勝争いの当事者となり、サンフレッチェ広島との壮絶なデッドヒートを繰り広げる中で、真夏の試合を迎えた。
当時のコンサドーレはリーグ最下位。
優勝を狙う上で絶対に勝たなくてはいけない、というより絶対勝てると誰もが信じ込んでいた相手だった。
しかし、結果は1-2でまさかの逆転負け。
コンサドーレに逆転された瞬間からベガルタのゴール裏は応援を止め、試合中にも関わらず横断幕を片付け出し、試合後にはしばらくの間怒号が飛ぶ異様な雰囲気になった。
結果この年は、クラブ史上初のJ1優勝を逃してしまったのだが、個人的にはこの試合がターニングポイントになったと思っている。
わたしにとってトラウマ級の敗戦となった。
余談だが、試合の2日前から北海道入りをしていたわたしは、旭山動物園に行ったり海鮮料理を楽しんだりと北海道観光を存分に満喫していた。
しかし、その海鮮料理でまさかの食中毒になり、しばらく大好きな貝類が食べられなくなるというもう一つのトラウマも植え付けられたのだった…。
2つ目は2015年の松本山雅FC戦。
初のJ1挑戦で地域全体で盛り上がる松本の雰囲気を味わいたいと、試合日程が発表になった時に必ず行こうと決めた。
雰囲気のある少しお高めの温泉旅館も予約し、特急あずさに意気揚々と乗り込んで向かったアルウィン。
結果は0-1で敗戦。
山雅サポーターの熱に圧倒されたのか、決定機を決めきれずに試合終了の時を迎え、サポーターから選手に罵声が浴びせられた。
歓喜に沸きタオマフを振り回す山雅サポーターとは対照的で、敗戦のショックがより一層大きいものに感じられた。
その時の悔しさを忘れたくなくて、その殺伐とした光景と俯く選手の姿を動画に収めた。
そして3つ目は、昨年のV・ファーレン長崎戦。
山雅と同様に初のJ1挑戦となったV・ファーレンは、高田社長の取り組みなども話題となり、わたしの仲間内でも行きたいアウェイNo.1の人気となっていた。
個人的にも長崎県を訪れたことがなかった為、かなり事前から飛行機やホテルを手配し、観光も盛りだくさんの旅程を組んで心待ちにしていた試合だった。
だが、結果はまたしても0-1の敗戦。
正直言って、手も足も出ない最悪の試合だった。
過去の昇格組より着実にコツコツと勝ち点を積み上げていて、一筋縄ではいかない相手だと頭では理解していたものの、心のどこかに慢心があったように思われた。
荒んだ心に追い討ちをかけるようなヴィヴィくんの可愛さが憎たらしかった。
リーグ戦においての結果は勝つか負けるか引き分けの三択しかないわけで、怪我人の有無や戦術のミスマッチ、天候やスタジアムの相性など様々な理由が複雑に絡み合い、あっけなく敗戦の時を迎えることが多々ある。
ましてや前述のようにホームが勝って当たり前だとすると、言い換えればアウェイは負けても仕方ないとなるわけで、そこに乗り込んでいく以上ある程度の覚悟が必要だったのかもしれない。
しかし、過去の経験によってアウェイでの勝利の旨みを知ってしまったわたしは、「またあの興奮が味わいたい」と一種の中毒状態にあった。
アウェイ沼に沈み込みながら、「味わえるに違いない」と信じて疑わなかった。
その結果、元々負ける可能性だって考えられたその試合に『わざわざ遠くから時間も金もかけて来たのに、ふざけるな!裏切られた!』と、チンピラのような酷い言い掛かりをつけるのである。
当然だが、アウェイに行くことを決めたのは自分自身なわけで、クラブや選手に頼まれたわけでは決してない。
お金や時間が惜しいならDAZNで中継を観ればいいだけだし、スポーツに絶対的な勝利の保証なんてものがあるわけもない。
しかし、期待とそこにかけた時間や金額が大きければ大きいほど、結果が伴わなかったときの絶望感は尋常ではなく、悲しみ・怒り・虚しさなどの負の感情に自分自身が飲み込まれていくのが分かった。
結局応援には見返りが必要だ。
いくら綺麗事を言ったって、応援しているのだから勝ってほしいに決まっているし、勝ってくれなきゃ困るのだ。
やっぱり無償の愛なんてものは幻想だ。
いや、サッカー観戦とかついでなんで
頭が沸騰しそうなほどの怒りで震えながらも、わたしはアウェイへの歩みを止める気はない。
あの後も札幌には何度も行っているし、今年もまた松本に行くし、V・ファーレンには早くJ1復帰をしてほしいと心から願っている。
その試合にトラウマはあっても、不思議とその土地に恨みはないのだ。
なぜか。
それは、思い出があるからだ。
真夏の旭山動物園は動物たちが暑さにやられて全然外に出てこなかった。
二枚貝はやっぱり怖いなと実感した。
食中毒なのに病院で身長・体重・座高測らされて思わず笑ってしまった。
松本城の敷地内にいる白鳥が偽物かと思ったら本物だった。
善光寺で飲んだ甘酒に最高に癒された。
松本駅のスタバの店員さんはメッセージをいっぱい書いてくれた。
グラバー園のグラバーさんがいなければ大好きなビールが日本で飲めなかったかもしれないと知った。
軍艦島ツアーは参加者が何人も船で酔って大変なことになっていた。
佐世保バーガーは割と普通のハンバーガーだった…。
全部全部わたしがその土地で見て触れて感じて、そして今でも心に残っている思い出だ。
たとえ試合が最悪なものであっても、スマホの写真フォルダを見返すと綺麗な風景や美味しそうなご飯が写っていて、サポーター仲間や対戦相手の友達との笑顔で溢れている。
試合は90分だけど、アウェイ遠征は90分じゃない。
むしろアウェイ遠征における試合時間の90分なんてものはほんの一瞬に過ぎず、負けたとしても大したことではない。
アウェイ沼にどっぷり浸かったわたしの傷つかない為の予防線が、『観光ついでにサッカーの応援をしています!』という心構えなのだ。
試合中の90分間は全力で応援する。
しかし、その応援が必ずしも勝利に繋がるわけではないのだから、勝てなかったときの逃げ道としてでも観光要素を充実させることを心からお勧めしたい。
どうせお金も時間も使って行くのだから、負けただけで何も残らなかった試合より、負けたけど楽しいことがたくさんあった試合の方がいい。
言うまでもないが、試合に勝っていればアドレナリン全開で、何を見ても何をしても何を食べても最高に楽しい。
本末転倒と言われようと、サポーターの恥と言われようと、不確定要素の強い試合結果に依存するより、わたしはこの心構えとスタンスのもとで今後もアウェイ遠征に出掛けるつもりだ。
こんな姑息なことを考えていないと平常心を保てないほどサポーターとは虚しく哀しい生き物だが、わたしはそんな自分もサポーターという人たちもとても気に入っている。
勝利の喜びをより大きくし、敗戦の悔しさをトラウマ級にするアウェイ沼。
わたしはこのOWL magazineで、そんな諸刃の剣的なアウェイ沼での心情や出来事を素直に綴っていこうと思う。
そしてこれをきっかけにアウェイ遠征に挑戦したり、あわよくばわたしと同じアウェイ沼の住人が生まれてくれることを願って…。
「アウェイ沼を覗く時、アウェイ沼もまたこちらを覗いているのだ。」
ベガルタ仙台サポーター 峰 麻美
【Twitter】https://twitter.com/asmxxxtsy
【Instagram】https://www.Instagram.com/asaaaaami.0702
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