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秘密の花園【ファンタジー ショートショート】

冬枯れの公園。落ち葉すらもうどこかへ吹き飛ばされてしまっている。先週降った雪がほんの少し残っているが、土混じりに茶色くなっている。
低い空に茶色い風景。僕はそこを一人でぼんやりと歩く。
春、夏、秋は、ぽつりぽつりと人を見かけることもあった。遊具で子供を遊ばせる人。犬連れの人。ジョギングしている人。けれど冬になってからは、ことに年が明けて気温が5度ぐらいになってからは、僕以外の人を見かけなくなった。
ほうっ。手袋をつけてもかじかんでくる手を温めようと息をかける。湿度が高いのもあって、真っ白な息が流れていく。今夜あたりまた雪が降るのかもしれない。

あまり知られていないが、この公園には「沈床花園」がある。
遊具のある広場があって、そこから伸びる坂を登ってくると、少し見晴らしのいい場所に行ける。ベンチも置いてあって、時々そこから空を見上げることもある。少しだけ空に近く感じるからだ。
そのベンチから少し進むと、螺旋階段がある。それを降りていくと沈床花園に入れるのだ。しかし冬の今、螺旋階段の入り口には鍵がかけられている。
いけないとは知りつつ、僕は入り口を乗り越えてこっそりと花園へ入る。僕だけの花園。秘密の花園。
冬枯れの花園、ただそこに入ってしばらく佇むだけなのだ。その、たった一人きりであるという時間が、僕の心を満たしてくれる。
今日もいつものように鍵のかかった入り口をそっと越え、音を立てないように螺旋階段を降りる。
いつものように隅のベンチへ腰を下ろそうとすると、コツンと音がした。音のした方を振り向くと、女の子が立っていた。彼女はこちらに気づいていない。一隅の花壇をじっと見つめている。
僕はなんとなく気づかれないほうがいいような気がして、静かにその様子を眺めた。と、彼女はコートのポケットからタクトのようなものを取り出した。そしてそれを振り上げると、とても小さな声で何事か呟いた。しばらく力を入れて手を挙げていたようだったが、ふう、とため息をつきその手を下ろした。
なんだ?式の練習だろうか?
そう思いながら見ていたら…
「あ!」
僕の声に驚いた彼女は、回れ右をして走って逃げてしまい、走りながら…消えた。
僕は何回も目をゴシゴシとこすって花園中を見回したが、彼女はどこにもいない。この花園の出口は螺旋階段しかないのに。隠れられそうな場所もない。
……魔法使い、なのかな。僕はそう思って探すのをやめた。
だって、彼女がタクトを振った花壇には、一輪だけ真っ赤なバラが咲いていたから。
魔法使いの女の子。また会えるといいな。そう思いながら僕はバラの香りを嗅いだ。

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