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黒沢清監督の『Cloud クラウド』を観た、登場人物たちには見事なほど誰一人として感情を接続できない、これは戦場の映画。     ( DICE+より)

Netflixの話題作『地面師たち』において、彼らが詐欺で盗む金額は数億円単位。金を得るという欲望がある意味ギラギラしている。一方『Cloud クラウド』の菅田将暉演じる吉井は転売ヤーで、儲けられる額は高くて数千万単位。その上仕入れにも梱包発送にも手間がかかる。地面師に比べるとせこい商売だ。地面師は犯罪、転売ヤーは合法ではあるが。
『地面師たち』が稼いだ金で最後に欲望を満たす姿は、海外生活など金持ちのテンプレートとして想像できる。しかし、吉井の転売ビジネスによるゴールや、そこにある欲望は映画では全く見えない。そのため、鑑賞者は『地面師たち』の登場人物に感情移入することができるが、本作の登場人物たちには見事なほど誰一人として感情を接続できない。
タイトルに「Cloud」というインターネット世界の概念をつけた黒沢監督の意図は何か。映画の最後、車の外のヴィジュアルでそれは暗示されているのだが。現在、多くの人が肉体を伴う現実の世界とは別にスマホやPCからネットに繋ぎクラウドの中で生きている時間が、生活の相当の割合を占めていることは間違いない。一見、クラウド上で誰かと関わっているようだが、そこは肉体的接続のない世界。
黒沢監督は、この映画は「戦争」であるという。戦争を企てる最上層部の人間には、欲望もあり、意志もあり、感情もあるだろう。しかし、命令で戦う兵士たちには感情や欲望がはたらく機会はなく、ただコマとして生きて戦うということだろう。従って、本作後半の工場でのシーンは「戦場」を描いているといえる。テレビの報道でしか戦争のニュースを見ないが、実は、この現代、特にクラウド上は、金儲けと憎悪が増幅される装置であり、そこはすでに「戦場」なのだ。
本作は、米アカデミー賞国際長編映画賞「日本代表作品」に選ばれた。日本映画製作者連盟においてエントリーされた13本の中から5名の審査委員により選出された。
さて、アメリカのアカデミー委員は、『Cloud クラウド』を国際長編映画部門の10本のショートリストに残すだろうか。国際社会は、ウクライナ、パレスチナと戦争の時代である。
黒沢監督の「金儲けと復讐が折り重なって増幅され、ついに暴力が作動し、気が付いたらもう引き返せなくなっている。現代の戦争も、ひょっとするとこのようにして起こるのかもしれない」というコメントを強く押し出せば、本作が転売ヤーという日本の世相を描いているのではなく、世界に起きる戦争、そして戦場を描いている普遍的テーマを持った作品ということでショートリストに残るのではないかと思う。
ネットの世界では再生回数が全て金に変わる仕組みをプラットフォーマーが築き上げている。接触回数を増加させれば社会全体を洗脳でき、フォロワー数の多いものが望む世界に変えることができる装置となる仕組みが完成している。この映画は、そのような現代のインターネット空間への黒沢監督からの圧倒的批評を込めた作品だ。
ぜひ、本作において黒沢監督が、現代の戦争、そして戦場、それは誰も人としての感情を接続できない世界であり、憎悪、幸福、愛情といった人間の感情が切断された誰かの掌の上だけで動かされている世界「クラウド」を描いているのだということを、アカデミー委員へ向けてロビー活動を行ってほしい。まず、以下の監督のメッセージを英語に翻訳して発信してはどうだろうか。


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