「青天を衝け」の予習に最適! 慶喜・栄一・海舟の三角関係とは?
新刊が出る度に、広告を作り、POPを作り、チラシを作る。宣伝課のしがないスタッフが、独断と偏見で選んだ本の感想文をつらつら書き散らす。おすすめしたい本、そうでもない本と、ひどく自由に展開する予定だ。今回は、朝日新書『渋沢栄一と勝海舟 幕末・明治がわかる! 慶喜をめぐる二人の暗闘』を嗜む。
「こんばんは、徳川家康です」
日曜夜8時、家康から挨拶と自己紹介されるシュールなオープニング。カメラ目線の語りかけにドラマ「古畑任三郎」世代はデジャブに襲われ、Twitter上で生きる石田三成が決まってわめき声をあげる。徳川家康を、幕末期が舞台のドラマに登場させるとは。NHKさん、抜け目がない。そんな大河ドラマ「青天を衝け」は、渋沢栄一を主軸に江戸幕府第15代将軍徳川慶喜を丁寧に描く。草なぎ剛さんというキャスティングを考えても、慶喜を掘り下げる物語となるのではと予想している。
さて、慶喜についてどんなイメージを抱いているだろうか。徳川幕府最後の将軍、薩長を中心とした討幕運動で倒された人といった感じだろうか。
朝日新書『渋沢栄一と勝海舟 幕末・明治がわかる! 慶喜をめぐる二人の暗闘』には、慶喜に忠節を尽くす栄一とそこに立ちふさがる勝海舟、そして幕府を終わらせた慶喜、三者の行動と思惑についてたっぷり書かれている。まさに「青天を衝け」でじっくり描かれるだろうテーマではないか。にもかかわらず、発売が2020年8月と早すぎたためか、大河ドラマコーナーで展開してもらえていない悲劇の書となっている。
薩長に朝廷から勅命がくだり、朝敵になった慶喜は錦の御旗の前に抵抗を止め、新政府に反省の意を示し、寛大な処置を願う恭順路線を選んだ。その交渉窓口が海舟だった。260年続いた体制が崩壊する、現代の我々には想像できない大転換だ。それも江戸を戦火で焼かず、平和裏に達成した。江戸城無血開城の主役は海舟でも西郷隆盛でもなく、それを決断した慶喜のはず。
そう考えた栄一は、一途に旧幕臣としてかつての主君の名誉回復を願った。尊王攘夷の志士から幕臣へ転身、そして新政府入り、実業家へと時代の荒波のなか、自らの主張と歩むべき道、まさに人生の分岐点に悩む姿は等身大で好感を抱く。そんな栄一の根底に流れていたのは慶喜への忠義だった。
かたや海舟は新政府への橋渡し役を務め、人材不足だった新政府からの出仕要請を断り、慶喜とともに静岡へ行った。新政府への参加は旧幕臣の恨みを買いかねない。海舟という人は、いわゆるプロレスができる人だった。周囲の構図を読み、どう立ち回るべきかを感じ、それを実行できた。だから、海舟は慶喜の名誉のために静岡で世捨て人のような暮らしをすすめた。
栄一と海舟。アプローチこそ違うが、慶喜を敬う思いは同じだった。いわば愛情表現の方法が異なる。正直で一本気、アツい栄一。電柱の影からそっと見守る静かな海舟。この二人がそこまで思う慶喜という人物、相当の器と読みとれる。慶喜はのちに爵位を授かり、明治天皇に謁見、朝敵という汚名をそそぐことになる。慶喜が栄一の要請にこたえ、幕末当時のことを語りはじめたのは、海舟の死後だという。慶喜なりの海舟への義理を果たしたということだろうか。
ふたりの関係はというと、海舟は栄一を小僧扱いし、栄一は海舟を理解できない。ふたりの矢印がともに慶喜に向いているからこそ、海舟と栄一は反発しあう。現代でもありがちな人間関係も興味をそそる。矢印の形から三角関係と書くと、ちょっと誤解を生みそうだが、本書はそういった人間味も含め、三者三様の歩みと思惑、心情についてじっくり説き、幕府側の視点で明治を語る。江戸幕府の引き際、その美学まで透けて見える一冊だ。
明治維新はそれを成し遂げた薩長の視点で語りがちだが、政権を去った幕臣の視点からの眺めも忘れてはいけない。勝者の視座がすべてではない。戦国乱世を徳川サイドが書き換え、関ヶ原で西軍についた武将は評価を落とした。だが、これも見直しが進み、その改ざんを明らかにしつつある。大河ドラマ「青天を衝け」によって世間の幕府側への評価も変わるだろう。
大河ドラマは、ドラマといっても筋書きを先読みできる稀有なドラマ。先回りして、栄一と慶喜の関係性を理解してから視聴すると、より一層深く楽しめる。また本書は、ドラマに登場する尾高惇忠や尾高長七郎ら栄一の身内についても触れており、予習にぴったり。だからこそ、大河ドラマコーナーに陳列して欲しいなーと願ってしまう。おそらくドラマ本編が幕末を描くのはこの夏ぐらいになるのではないか。やはり発売が早すぎた。だが裏を返せば、本書を手にとるタイミングはまだ残っている。
(文:築地川のくらげ)